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天皇が「神聖不可侵」であることが、まるで当然のような、そういう大前提で、山本議員批判が、マスコミを中心に沸き起こっている

山本太郎参議院議員が、秋の園遊会に於いて、天皇に手紙を渡したことについて。

最初は自分も、こうしたやり方が果たして適切だったのかどうか、反原発を訴えるのに、かえってマイナスな効果しか齎さないのではないか、と。

そういう危惧を感じた。おそらく、バッシングの嵐に遭うだろう、と。

誠から発した想いに貫かれた行動が、捻じ曲げられ、売名とか政治利用とかいうネガティヴな言葉で貶められるのではないか、と。


2日経って、見事にその通りになりつつある。

最初に感じた、こういう派手に世間の耳目をあつめるような、実のないパフォーマンスともとられがちな行動に対する不満。

こんなことをするよりも、地道な議員活動で、コツコツと反原発の裾野を広げていくべきではないかという想い。

それらが、ここ2日の世間の反応によって、完璧に霧散した。


山本議員が何をしたというのだ。

天皇に、何か危害でも加えたというのか。

画像で観るかぎり、毛筆で認めた書状を渡し、最敬礼をしている。

マスコミは政治利用というが、この行為によって山本議員が得る利益は何か。

逆に、このことを利用して、山本氏に象徴される反原発派ぜんたいを、「天皇の名において」処断しようと目論んでいるのは誰か。

ほんとうに、天皇を「政治利用」しようとしているのは、果たしてどんなヤカラどもだろうか。


あの破滅的な原発事故が、まるで何もなかったかのような、済んでしまったかのような、世間の風潮。

自分の身にさえふりかかなければ、関係ないとでも考えているかのように、アベノミクスとやらに、オリンピック開催とやらに浮かれる脳天気な面々。

あの事故は終わってはいない。

今も続いている、否、始まったばかりなのだということを、この無知な面々に知らしめるのなら。

むしろ、天皇は、積極的に利用されるべきだ。


天皇が「神聖不可侵」であることが、まるで当然のような、そういう大前提で、山本議員批判が、マスコミを中心に沸き起こっていることに、自分は戦慄する。

天皇は人間宣言をした。自分らと同じ、赤い血のある人間である。

しかし、なぜか、天皇大好きな者ほど、「天皇陛下は政治に関与できない」「偏った思想を持てない」「自分の意思を表明できない」と決め付ける。

「人間であってはいけない」と言っているのと同じだ。


天皇を人間と思っている山本議員や自分のような者と、人間とは思いたくない者たちのどちらが、「天皇明仁氏」に対する思いが強いのだろうか。


「現在の天皇は政治的に中立である」

「園遊会は政治的なことを言う場ではない」

「天皇は、政治に関与しないことで国民を統合していく」


そんなことをうそぶく「憲法学の権威」を自認する御仁の説を散見した。

政治に関与しようがしまいが、「国民の統合」のために置かれることが、どれだけ「政治的」だろうかと、自分は思うのだが。


この「事件」が、「フクシマの現状はどうなのか」ということより、「山本議員の行為が不敬かどうか」という方向にしか拡がっていかないこの国の現状は、激しく憂えていかなければならないと自分は思う。


天皇に対する国民の想いはさまざまだ。

ちなみに、自分は、このことで、今の天皇に好感を持っている。

だからといって、それを誰にも押し付けるつもりはないが、押し付けてくる人間が、このニッポンに、かなり増えてきたということを、憂鬱な気分で認めざるを得ない、これは、そんな「事件」だった。

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未分類 | コメント(-) | 20131102002944 | 編集
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