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圭子の死

藤圭子が死んだ。

自ら命を絶った。


最初に知ったとき、自分の心が折れる音をきいたような気がした。

たとえば、初恋のひとが悲惨な死に方をしたという報せに接したことを、想像してみてほしい。

自分の落ち込みは、そのようなものだった。

しばらく、立ち直れなかった。


はるかな昔・・現在56歳の自分が、中学生だった・・それほど、はるかな昔・・。

ひとりの少女の歌声が、日本列島を席巻した。


新宿の女・・女のブルース・・夢は夜ひらく・・命預けます・・。

とても、十代の少女が歌う内容ではなかった。

そして、まだ中学生だった自分が、理解できる内容でもなかった。


なのに、その歌声は、自分を打った。打ちのめした。

歌詞の意味はよく理解できないまでも、その歌声に込められた、「貧者のルサンチマン」とも表現すべきスピリットが、まだ蒼かった自分の心を奪った。


当時、自分の父は、給料のほとんどを若い女のためにつぎこみ、家には一銭も入れないまま、何ヶ月も家に帰ってこなかった。

生活に窮した母は、夜の勤めを始め、自分と幼い弟は、毎日、ふたりきりでながい夜を過ごした。


自分に与えられた小遣いは月に600円。

それを毎月貯めて、初めて買ったアルバムが、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」。

新し物好きな親父が大枚はたいて買った、「サンスイ」のステレオにかけ、すりきれるほど、聴いた。

次に買ったのが、ビートルズの「アビー・ロード」。

これも、ボロボロになるまで、聴いた。


そして、次に買ったアルバムが、「新宿の女/“演歌の星”藤圭子のすべて」だったのだ。

このアルバムは、20週連続で、オリコンのアルバムチャート一位を独走したそうだが、当時の自分にそんなことは知る由もない。

毎晩、聴き惚れた。

なかでも、「カスバの女」と「星の流れに」がお気に入りだった。

戦後まもなく、自らの性を売って生き延びらざるを得なかった女性たちが、悲憤とあきらめのなかで口ずさんだかもしれない歌が、藤圭子の多少しわがれた声に、実によく合っていた。


浪曲師の父親と、三味線瞽女の母親とともに、北海道や東北各地を「門付け」して歩いた極貧の少女時代。

そのエピソードを、当時の所属レコード会社は最大限に利用し、「演歌の星を背負った宿命の少女」という触れ込みで、歌だけではなく「歌手の生い立ち」そのものまで,
ひとつの「ドラマ」として、その商品化に成功した。

そして、あくまで低く、艶やかな、深い歌声と、日本人形を想起させる、儚げな美しさ・・。

・・これらの要素と歌が見事に適合し、また、高度経済成長の影の部分までも代表して、藤圭子は一世を風靡したのだ。


それから、気の遠くなるような「時」が経過した。

自分は成長し、社会人になり、ひとの夫、ひとの親となって、いつの間にか老境のとば口に立とうとしている。

その間、藤圭子にも、さまざまなことがあったらしい。

経済的に恵まれながら、カネでは解決できない苦しみや寂しさに苛まれる日々を送っていたようだ。


今度の彼女の悲劇の遠因は、「演歌の星を背負った宿命の少女」として華々しくデビューしたことにあるような気がしてならない。

自らの不遇な生い立ちを「売り物」にされ、「暗く影のある薄幸の少女」を演じさせられて、傷つきやすい感性が悲鳴をあげ続けていたのではなかったか。

引退と復帰をくりかえすという軌跡が、それを物語ってはいまいか。

その「内なる悲鳴」は、自らを終わらせるまで、折にふれて表出し、彼女を蝕んでいったのではないか。


そして、彼女はもともと「天才肌のアーチスト」ではなかったかとも思うのだ。

しかし、人から与えられた楽曲を歌うことによってしか、表現する術を持たなかった。

いや、持たされなかった。そういう環境には、いられなかったのだ。


「ロックが好き。演歌は仕事」と語ったことがあるそうだ。

彼女には、ソングライター志向があったかと思われる。

娘ヒカルを見てもわかる。

藤圭子が、自らつくった、自分が歌いたい歌を歌わせてもらう環境を与えられていたのなら、どんなに大きくなっていただろう。


と、夢想することもあるのだが、もしかしたら、藤圭子は、ああいう形でしか世に出られなかったかもしれない、とも思う。

あれでこそが、完結した形としての「藤圭子」であり、それ以外はない。

だからこその「あの最期」だったとしたなら、あまりに悲し過ぎるではないか。


あなたの冥福を祈ります、圭子さん。

あのとき、あなたは日本中を照らす、正真正銘の「演歌の星」でした。

「昭和の歌姫」のひとりとして、日本芸能史の1ページを飾るべきひとです。

自分は、そこに救いを感じます。


さようなら。





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未分類 | コメント(-) | 20130829011657 | 編集
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