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改憲派三党、自民・維新・みんなを、ひとりでも多く落とすことが「最後の砦」だ。

昨年、読んで衝撃を受けた小説のひとつに、『悪の教典』(貴志祐介)がある。
伊藤英明主演で映画化されたので、ご存知の方も多いかと思うが、一見、爽やかな熱血教師が、実は反社会性人格障害、シリアル・キラー(連続殺人者)だったという設定の、大殺戮小説だ。

ネタバレになってはいけないので、詳しいあらすじは省くが、主人公の教師が大量虐殺を決意する場面で、「point of no return」という言葉が出てきた。
航空機が出発点に戻れる燃料がなくなる地点のことをそういうのだそうだ。
そこを過ぎれば、取り返しがつかない。戻れない。先に進んでいくしかない。
「賽は投げられた」とか「ルビコン川を渡る」などの言い回しにも、通じるものがあるだろう。

主人公の教師は、ひとりかふたりの生徒を殺したことを隠蔽するために、クラスの生徒全員を殺すことを決意するが、さすがに「やり過ぎではないか」と躊躇う。
今なら、まだ止めることができる・・。しかし、人を殺すことへの罪悪感を毛ほどにも持ち合わせていない主人公は、頭を振り、うすら笑いを浮かべながら、大殺戮劇へと突進するのだ。

僕らニッポン国住人の「point of no return」は、すぐ間近に迫っているような気がする。
国の主権者としての立場が、もろくも崩れ去る事態への道が、強引に拓かれようとしている。
「自由と権利」を享受しながら過ごしていた「主権在民」という草原に、巨大なブルドーザーが押し入り、「国家」という要塞が築きあげられようとしている。

 <2013岐路>憲法問題 国のかたち変えるのか

 参院選の大きな争点は、憲法問題だ。改憲勢力が三分の二を制すれば、憲法改正が一気に現実化しうるためだ。「国のかたち」を変えるのかが、問われている。
 社会が暗く、閉塞(へいそく)感が覆う。格差社会は深刻だ。低所得者があふれ、生活苦にあえぐ。若者も未来に希望が持てないでいる。
 憲法改正によって、さまざまな社会問題や国際問題が解決するわけではない。けれど、そんな幻想がまとわりついていないか。危うさを覚える中での選挙だ。

◆3分の2のせめぎ合い
 
 自民党が憲法改正草案をつくり、堂々と公約に掲げている。国防軍の創設をうたう九条改正や、改憲の発議要件を「三分の二」から「過半数」へと緩和する九六条改正…。日本維新の会もみんなの党も、憲法改正をめざしている。
 自民と維新、みんなを合わせた改憲勢力は衆議院で、三分の二のハードルを越えている。議席数で実に76%にも達し、発議要件を十分、満たしているのだ。
 安倍晋三首相は「次期国会で直ちに発議しない」と発言したものの、参議院でも三分の二を超えれば、憲法を改正する千載一遇のチャンスを与える。
 その意味で、こんな参院選は近年にない。改憲か、護憲か-。現実的な数のせめぎ合いになる。
 国民主権、基本的人権、平和主義などの骨格に支えられた憲法は、国民生活に深く染みいり、現実に戦後は平和で自由な社会を築いてきた。選挙の結果次第で、この「国のかたち」が、変貌してしまうかもしれない。
 参院選は日本の岐路となる歴史的な選択なのだ。それゆえに、われわれは日本国憲法の意義をあらためて、かみしめるべきだ。
 「国民の手に憲法を取り戻す」と首相は語った。では、今まで国民は憲法を握っていなかったのか。

◆権力は鎖で縛らねば
 
 学校教育などを通じて、多くの国民が親しみを持つ法典である。逆に、そもそも今、なぜ憲法改正が必要なのか。疑問に思う。
 むしろ、占領下の米国によってつくられた「戦後レジーム」からの脱却を唱えてきた首相が、改憲への風をあおり立てている。「三分の一を超える議員が反対すれば、国民は指一本触れられない」とも首相は述べた。
 しかし、国会議員を投票で選んでいるのは、国民である。憲法施行から六十六年間も、改憲を阻んできたのは、国民の意思表示と受け取るべきだ。
 「国民の手に憲法を取り戻す」という言葉とは裏腹に、まるで自民党の改正草案は「権力の手に憲法を」と主張しているかのような中身である。
 現行憲法の前文は「日本国民は」で始まるのに、改正草案は「日本国は」を主語に国家観が語られる。出発点から異質なのだ。
 「日本国民」を主語にした文脈では「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合う」ことが要求される。
 国民の自由と権利の条項には「常に公益及び公の秩序に反してはならない」と、言葉が加わる。義務がやたらと目につく。
 何よりも、まるで一般の法律のように、国家権力が国民を拘束しているかのようだ。立場は逆であるはずだ。
 国民が国家権力を拘束するのが、本来の憲法の姿である。立憲主義では、たとえ国民が選んだ権力であれ、力を乱用させない「権力を縛る鎖」なのだ。
 その憲法を国民の名を借りて、権力側が自らつながれた鎖をほどこうとする改憲などありえない。改正草案を見る限り、時計の針を古い時代に巻き戻しているような印象だ。
 果たして自民党のすべての議員が、改正草案を支持しているのだろうか。戦争体験のある同党議員OBらは、公然と「改憲反対」を唱えている。議員一人一人の考えを聞いてみたいものだ。
 民主党は九六条改正には反対するが、改憲自体には「未来志向の憲法を構想する」と述べ、国民との「憲法対話」を進めることにとどまっている。やはり党内には、憲法に対する意見は、賛否両論が渦巻いているのだろう。
 公明党は、環境権や地方自治の拡充で新たな理念を加える「加憲」の立場だ。政党によって、また議員個人の信条によって、憲法への考え方は多様である。

◆声をじっくり聞いて
 
 本紙は憲法を守る精神に立つ。自由や平等など人類の英知を集めた憲法をより生かすことで、現在の苦境は乗り越えられよう。「国のかたち」を変えうる国政選挙だけに、有権者は各立候補者が訴える声をじっくり聞いて、「一票」の判断をしよう。

 (東京新聞・7月6日社説)


素晴らしい社説だ。

日本じゅうの有権者、ひとりひとりに、無理やりにでも読ませたい文章だ。
オピニオンとしての新聞の役割、権力を監視し、読者大衆に拠って立つべきジャーナリズムの本貫を、ここに見る思いだ。
報道の自由に土足で踏み込んできた安部自民党に、やすやすと軍門に降った某在京テレビ局とは、大きな違いである。
全国新聞でないことが、本当に残念だ。

「国民より国家」「権利より義務」・・自民党の改正草案に色濃く滲むコンセプトだ。
現存する日本国憲法とは、その根本の概念から違う異質なものだ。
「似て非なるもの」・・そう、「似非(えせ)憲法」を、自民党は志向しているのだ。

僕は、「参議院での自公過半数は絶対許すな」と言ってきた。
しかし、残念ながら、その可能性は高いようだ。
むろん、あきらめているわけではないが、楽観できない情勢にあるのは、たしかだ。

けれども、衆参両議院が自公の天下になっても、最悪、僕らの自由と権利は守られる。
今の日本国憲法があるからだ。
その権利と自由の死命は、衆参両議院で、自民・維新・みんなの「改憲三党」が、憲法改正発議ができる3分の2を占めるかどうかで決まる。
それを許してしまった時点が、僕らニッポン国住民の「point of no return」~帰還不能点~となってしまうのではないか。

憲法改正派3分の2可能性…参院選序盤情勢

参院選の結果、憲法改正に前向きな政党で国会発議要件に達する可能性が出てきた。

 読売新聞の序盤情勢調査で自民党が好調な勢いを示しているためだ。焦点は「加憲」の立場の公明党の理解と、みんなの党の動向となる。安倍首相は今後も経済対策に尽力しつつ、史上初の憲法改正のタイミングを見極めていく構えだ。

◆4党で「3分の2」

 憲法96条は、憲法改正について〈1〉衆参各院で総議員の3分の2以上の賛成で発議(国民に提案)〈2〉国民投票で過半数の賛成――を要件としている。読売新聞社の序盤情勢調査によると、自民党、公明党、日本維新の会、みんなの党の4党で、非改選議席を合わせると参院の3分の2(162議席)に届く可能性がある。

 自民党、日本維新の会、みんなの党は参院選公約で憲法改正に取り組む考えを明記している。公明党の「加憲」は、環境権など時代の変化で必要になった条文などを付け加える立場で、憲法改正を容認するものだ。

 自民党は参院選後、投票年齢を満18歳以上で確定させる国民投票法改正案を提出するなど憲法改正に向けた準備作業を進める方針。

◆公明はどうか

 焦点は、公明党の動向だ。衆院は公約に憲法改正を明記した3党で3分の2を超えているが、参院は公明党が加わらなければ3分の2に達するのは難しいからだ。同党の山口代表は5日、広島県内の街頭演説で「公明党は今の憲法はいい憲法、さらにいいものを加えていきましょうという考えだ。ほかの政党とは考えが違う部分がある。憲法改正はいいよ、ということでも中身が違う」と述べた。

 また、みんなの党の渡辺代表は「憲法改正より先にやることがある」とも主張している。憲法改正に賛成する代わりに、みんなの党が求める公務員制度改革などの実現を政府・自民党に迫る可能性がある。

 安倍首相は公示日以降、憲法改正について自分からはほとんど言及していない。5日の高松市内の演説では、「景気回復の入り口まできた。私たちが進めている政策は間違っていない」と述べ、経済対策に尽力する考えを強調した。ただ、4日のNHK番組では、憲法改正に関する質問に答える形で「しっかりと議論を深めていきたい」と語った。

(2013年7月6日09時55分 読売新聞)


東京新聞とは対極にあるゴミ新聞の記事を引用して、お目汚しになったかもしれないが、読み終えて嘆息しながら思ったのは、「ああ、ここでも公明党がカギを握っているのか」ということだ。今のところ、この党は96条改悪にかんしては積極的ではない。どうか、それを貫いてほしいものだ。支持母体の創価学会には、伝統的に「護憲」の意識が強い。戦時中に大弾圧をくらった歴史が、ファシズムへの警戒感という「背骨」を形成させていると思う。

が、今までの、たとえば「イラク戦争への加担」に見られるように、小泉自民党との連立を優先するあまり、支持母体が長年たもち続けた「反戦平和主義」に、完全に違背する選択をしたりすることもある。何万人もの自殺者を出した、小泉・竹中カイカクを支えたこともある。自民とのもたれあいで議席と組織を温存することが「至上命題」となっているこの党が、果たしてどういう選択をするのか。

逆に言えば、公明党も、「point of no return」への道を迫られている。もし、96条改悪賛成に踏み切れば、「憲法改悪への道を決した政党」として歴史に刻まれるだろう。その場合、創価学会はどうするのか。国家主義に堕しがちな宗教組織にあって、民主主義を志向してきた、世界にも稀な存在である創価学会も、民衆より国家を重んじる右翼宗教と成り果てる道を選ぶのだろうか。もし、そうなると、民衆救済に生涯をささげた「宗祖・日蓮大聖人」のお嘆きは、いかばかりか。

公明党はとにかく、「自・維・み」の「改憲三党」の議席を、ひとつでも減らし、「改憲発議」をできなくすることが、僕らニッポン国住民の「人権」にとって、「最後の砦」となるだろう。ここだけは死守するという気持ちを強く持たないと、突破されてしまえば、もはや、帰ることはむずかしい。

「point of no return」~帰還不能点~は、目前に迫っている。

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自民党の「新憲法草案」公表など、憲法改正の動きが活発化し、自衛隊の海外派兵をはじめ憲法をないがしろにする事態も目立っている。改憲を目指す動きの底流にあるのは何か。国家と国民の関係をどう変えようとしているのか。政治、経済、ジャーナリズムの動向など、幅広い丹念な取材を通して、改憲問題の本質に鋭く迫る。




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