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教育は強制?倫理の崩壊を招く橋下流「教育論」

年月を経て傷んだ建物をリフォームしようとする者と、ぶっ壊して新たに建築し直そうという者のたたかい・・。
現在、真剣同士のつば競りあいが続いている大阪市議選が、そのような皮相な構図であるわけはないと直感では思うが、どう捉えていいのか、正直、わからない。
大阪市民ではないので、どうのこうのと横から茶々をいれるべきではないのかもしれない。

ただ、橋下氏の言動を見ていると、そこはかとない、感情的な反発が湧き起こってくることだけはたしかだ。
これは、フジテレビを買収しようとしていた頃のライブドア元社長、堀江貴文氏に抱いたのと似た感情だ。
筆者は、自分の心の内側にある、その得体の知れないモノの声をきいてみた。
案の定、「若造が何を生意気な」だった(笑)

誰でもある嫉妬に似た気持ちだ。
この決してさわやかではないモノに依拠した言動を繰り広げることは、筆者は「良し」とはしない。
しかし、その内なるわが陋劣な「声」に気づかないヤカラの存在は決して少なくない。

この国では、橋下氏や堀江氏のような「型」は嫌われる。
市長になるかどうかは関係なく、常になんらかのトラップを仕掛けられ、いずれ失脚させられる可能性が大きいのではないか。
げんに、彼の出自や家族のスキャンダルが一部メディアをにぎわせた。
じつに、唾棄すべき卑劣な報道だと思う。
この国の「裏権力」が、彼の存在を決して好ましく思っていない証左だろう。

事実、彼が対峙する対抗馬には、自民、民主から共産までが支持をしている。
まるで、「アンシャン・レジーム」がわかりやすく具象化したような相手に、敢然と立ち向かってゆく者に、応援はしたい。
橋下でなかったらな、とつくづく思う。

どうも、彼のこれまでの言動を見れば、小泉・竹中ばりの「新自由主義」のにおいがプンプンしてきてしかたない。
すべて「競争原理」で世を律していこうと思っているフシがある。
性急な「改革」によって切り捨てられるかもしれない弱者の存在など知らんとでも言い出しそうな雰囲気を周囲に漂わせている。
筆者には、そう感じられる。

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そして、教育にかんする間違った捉え方だ。
学問を競争に打ち勝つためのツールとしか思っていないらしいし、何よりも問題なのは「教育は強制」だと言って憚らないことだ。

t_ishin(橋下徹):(冒頭省略)生まれたての赤ちゃんから大人になるまで、 教育は強制そのもの。もちろん、子どもが成長するにつれて強制の度合いが弱ま り、子どもの自立に軸足が移るでしょう。それでも教育の基本は強制。社会の ルールを教えるというのは強制そのもの

さて、話は変わりますが、大阪維新の会が6月議会で成立させた君が代起立斉唱 条例に関して、毎日新聞が記者の目と言う記事で「教育現場に強制はなじまな い」との主張をしていました。もう僕と180度価値観が違うので論理的な論争 とはならないですが、敢えて言います。教育とは2万%、強制です。
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t_ishin(橋下徹):ほっといたら、挨拶だってできません。おしっこだって、 その辺でし放題。ご飯を食べるときには肘を付く。今の世の中のルールって、全 て人間の本能ではできないことばかり。だから教えるしかないんです。場合に よっては、子どもを脅してでも。まあ、この辺はあまり偉そうに言えません。

t_ishin(橋下徹):長女、長男で疲れてしまいまして、この2人でもまだまだ 不十分でしょうが。下に行けばいくほど自由奔放にさせてしまい、挨拶だけでも 下に行くと不十分。強制が足りなかった。さっきも子どもの友だちが来まして、 そのまま子ども部屋に入って行ったので、リビングに呼んで挨拶させました。これも強制です

t_ishin(橋下徹):その子が、思想良心の自由によっておじさんに挨拶はしま せん!と言っても許しません。それなら、うちでは遊ばないでと外に出します。 教員が君が代を起立して歌うことも基本的には同じ。公務員なんですから。そも そも教育現場の話とは異なります。毎日新聞は公務員の規律と教育現場の話しを 混同。

t_ishin(橋下徹):さらに教育は強制ではないと、何を綺麗ごとを!この記事 を書いた記者がどうやって子どもを育てているのか聞きたいところです。大人に なってきちんと自立できるようにするためにも、子どもの頃は一定の強制が必 要。社会なんて、人間の本能とは正反対のことばかり。このストレスに耐えれな いと自滅する。

t_ishin(橋下徹):人間の本能のままに生きられる人はごく一握りの才能ある 特殊人間。普通の人は、本能と正反対のプレッシャーの中でストレスを感じなが ら生きていかざるを得ない。このストレスに耐えられるようにするのが教育。
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t_ishin(橋下徹):教育は強制ではないとバカな綺麗ごとを言う者が、メディ アや評論家に増えてきて、教育現場もそれに流され始めたから、社会のストレス に耐えられない大人が増産されてきているのではないか。教育は強制であると はっきりと位置付けるべきである。

(橋下氏の6月12日のツイート)ブログ「ソウル・ヨガ(イダヒロユキ)」より引用


「強制」は安易な教育法だ。
暴力や恫喝で子供に言うことをきかせることは、楽であり、簡単であろう。
そこには、「教える側」のなんの努力も向上心も見出せない。一種のサボタージュと呼んでいい。
そして、言いたいのは、教える側の大人が「そんなにエライのか」ということだ。
そこには、「オレは賢い」という得手勝手な思い上がりがある。
実は、安易な「強制」という手法に走る、こらえ性のない短気者であるに過ぎないのに。

こうした「教育論」は、戸塚ヨットスクールとか、石原慎太郎の「スパルタ教育」に相通じるモノがあると思う。
暴力や脅しによる強制で子供に言うことを聞かせようという心理はまた、一種の「道徳的頽廃」をも抱え込んでいる。
だから、以下のような「倫理の崩壊」を招くのだろう。

石原氏は、かつては書籍『スパルタ教育~強い子どもに育てる本~』(光文社)でこんなことを書いていた。
「人間の想像力を培う糧である読書を、なにをもってよしとし、なにをもって悪とするかほど、根拠のないものはない。そのよしあしに、親が陳腐で通俗的な道徳をもちこむほど、子どもの大きな将来性をスポイルすることはない」
同書にはほかに、「いじめっ子に育てよ」、「子どもに酒を禁じるな」、「子どもに、戦争は悪いことだと教えるな」、「おじぎのしかたを教えるな」、「よその子にケガをさせても、親があやまりにいくな」、「先生を敬わせるな」などの文が見られる。
( 『暴言 失言 大暴走 石原慎太郎言動録2010年』より)


大阪府の元知事と東京都の知事が、同じような「教育観」を持っているということは、ニッポン国の数ある不幸の中のひとつだろう。
「倫理に悖ること」を恥ずかしげもなく子供に教えよというところまで、そっくりだ。

橋下知事「小さい頃からギャンブルを。国民を勝負師に」

大阪府の橋下徹知事は28日、カジノの合法化をめざす国会議員らを招いた「ギャンブリング*ゲーミング学会」の大会に出席し、「ギャンブルを遠ざける故、坊ちゃんの国になった。小さい頃からギャンブルをしっかり積み重ね、全国民を勝負師にするためにも、カジノ法案を通してください」と議員らにカジノ合法化を求めた。

 同学会は東京都内のホテルで開かれ、カジノ合法化をめざす超党派の「国際観光産業振興議員連盟(カジノ議連)」の国会議員らが出席。議連会長の古賀一成衆院議員(民主)がこの場で、来年の通常国会にカジノ法案を提出したいと述べた。

 橋下知事はカジノを含む統合型リゾート施設の府内への誘致をめざしており、この日も「増税よりカジノ。収益の一部は教育、福祉、医療に回す。隣の兵庫県知事が反対しても無視。わいざつなものは全部大阪が引き受ける」と語った。


パチンコや競馬で身を持ち崩した人を何人も知っている。ギャンブルは容易に人を破滅に導くし、犯罪を誘発し、裏社会の資金源ともなっている。
なのに、本来なら法律で禁止されている賭博行為を、子供のときから慣れさせよ、というのだ。まったくあきれ果てて、何度も絶句しそうになってしまう。
橋下氏の言う「改革」とは、実は「賭博」のようなものかもしれない。
だとしたら、それにつきあわされる市民こそいい迷惑だろう。

いやいや、その「強制」の手法が、教育だけでなく、市政のうえで強権的につかわれるようになれば、迷惑などという段階ははるかに超えてしまうことになる。

筆者が大阪市民だったら、さて、どういう選択をしたものやら・・。

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タレント独裁知事が狙っているのは何だ?「弱者切り捨て」の先に何があるのか!無駄な「大規模開発」を推進するのはなぜだ!「同和行政」となぜ決別できないのか!「詭弁」と「恫喝」の強権政治が目指す悪夢のシナリオ。







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