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米・ウオール街デモ。「わずか1%の者の富のために、99%の者が辛酸をなめなければならない」──それは、ニッポンも同じだ。

 何かひとつ記事を、と、準備をしていたら、仕事が入った。午後から大分行きだ。つくづく思うのは、毎日のブログ更新は、仕事を抱えていては無理だということ。資産家でもなんでもない僕は、働かないと家族を養ってはいけない。悠々自適の境地は憧れだが、どうも、動けなくなるまで、僕は働き続けていかなければならないようだ。

 このニッポン国には、そういう、僕みたいな人が大部分だ。いや、不安定ではあるにしろ、仕事がある僕のような人間は、まだまだ恵まれているだろう。このまえ、テレビのニュースで、震災や津波で家を失ったことがキッカケで、路上生活に陥ってしまった人々を扱っていた。窮民、貧民の群れがこの社会を覆い尽くす日まで、そう遠くはないのではないか。

 米国では、格差是正を求めて、民衆が起ちあがりはじめている。数年前、「幸せのちから」という映画を奥様と観にいったとき、アメリカ社会下層のあまりに貧しい実態を描いた内容に、少なからぬショックを受けた記憶がある。教会の「施し」を受けるために行列する貧民の群れに、「これがあのアメリカか」と驚愕してしまったのだ。

 ハリウッド映画で見慣れた、アメリカ人の「マイホーム」。ひろびろとした敷地に、窓がたくさんある大きな家。車庫にはでかいアメ車が納まり、大きな冷蔵庫やオーブンを備えたキッチン、。子供たちは玩具で溢れた部屋のベッドで、パパにお休みのキスをする。そのパパは、休みの日には芝刈り機で、広い庭を手入れして・・。

 そうしたイメージが、同じハリウッド映画で覆されてしまった。ブッシュ時代に吹き荒れた「新自由主義」が、ここまで急激に、民衆の間の「格差」をひろげたのかと、戦慄とともに思った。その後、マイケル・ムーア監督の「キャピタリズム・マネーは踊る」という映画で、そのあまりにひどい実態に言葉を失わざるを得なかった。

 長年、ローン返済の遅滞で住み慣れた家を問答無用で、奪われてゆくひとびと──映画で観たあの「アメリカン・マイホーム」が、ことごとく銀行から差し押さえられてゆく。明日の生活も知れず、漂流を続けるひとびと。突然の解雇に抵抗する労働者たち。従業員ひとりひとりに巨額の生命保険を掛け、「雇われ人」の死を待つ企業。

 やりたい放題の投資の結果、巨額の不良債権を抱えてしまった銀行が、税金で救済される事態に怒り心頭に発したムーア監督は、ウオール街に出向き、銀行の周囲に、警察が証拠保全に使う黄色いテープを張り巡らせ、(銀行幹部を)窃盗の罪で逮捕するとハンドマイクで叫ぶ。今、抗議行動を起こしている民衆の心情は、こういうものなのだろう。

 わずか1%の者の富のために、99%の者が辛酸をなめなければならない──それは、ニッポンも同じだ。一握りの者の既得権益を守るために、ありとあらゆる不正や専横が横行している。その実例は、このブログの全記事に網羅してある。「改革」とは、格好よく、スマートに、弁舌さわやかにパフォーマンスすることではない。

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 格好悪くても、泥臭くても、国民の生活を第一とし、すべての不公平の是正を目指すこと、それこそが真の「改革」だ。「改革」という言葉が安売りされはじめて久しいが、いまだ、それは成し遂げられていない。その「旗手」たるひとが、ふたたび復活する日を一日千秋の思いで待ち続けてゆく。

 時間が迫ってきた。準備もあるので、今日はここまでとする。帰りは、別府の温泉にでも浸かってこよう。それだけが、楽しみだ(笑)




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未分類 | コメント(-) | 20111005115123 | 編集
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