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イエローペーパー以下の記事を載せる読売に「三大紙」を名乗る資格はない

 政治家から批判されると、すぐ「政権末期だ」と決め付けてきた記者クラブ・メディア。つい少し前、「鉢呂辞任劇」で、彼らの暴走に輿石幹事長が苦言を呈したときでも、どこか(サンケイだったか)がそんな意味のことを言っていた記憶がある。自らの失政の原因をメディアに転化するまでに追い込まれている、それは政権末期だと、ようするにそういう論理なのだろうか。

 そういうこともないとは言い切らないが、すべてがすべて、そうではなかったはずだ。何かコトが起こると、すぐに「世論調査」を行い、自分らの望む結論に誘導して、それが「民意」だと水戸黄門の印籠のごとく掲げて、政治家を批判してきた。彼らの力を畏怖して、多くの政治家が媚を売るなか、我慢できずに苦言を呈する政治家が出ると、「マスコミを批判するとは何事か」とばかりに叩き始める。

 この腐臭が漂う唾棄すべき「独善性」が、昨今の政治の混迷を招いている大きな一因であることは間違いない。傲慢な記者クラブ・メディアは、政治家と国民をこうやって分断してきた。議員が有権者の代表であるという事実を晦まし、なにか常に対立する存在であるかのように位置づけ、政治不信を殊更に煽り立ててきた。政界は絶えず「政局」の渦に翻弄され、「安定」とは程遠い浮沈をくりかえし、その間に、官僚が好き勝手を行ってきたのだ。

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 何度も、何度も、うんざりするほど言ってきた。しかし、これからも言い続けていかなければならない。「記者クラブメディアの解体なくしてニッポンの未来はない」と。以下の記事を読むと、その思いはますます強くなってくる。

「リーダーはつぶされる」小沢氏がマスコミ批判

民主党の小沢一郎元代表は3日、東京都内で自らが主宰する「小沢一郎政治塾」で講演し、「マスコミは少しでもリーダーシップを発揮しようとする人物が現れると、それをたたいて足を引っ張って、つぶす役割を演じる」と述べ、マスコミ批判を展開した。

 その後、記者団を入れないで行った、出席者からの質疑で、自らの「政治の師」と仰いだ田中角栄元首相や竹下登元首相について、「調整型の人だった。今の時代には(首相を務めることは)難しい」と指摘した。

 元代表は6日に自らの初公判を控えており、2日にはインターネット番組で司法批判を行った。民主党内からは「焦りの表れではないか」との見方が出ている。

(2011年10月3日23時22分 読売新聞)

 
あいかわらず、自ら言いたいことを、出所がはっきりしない「民主党内の声」として言わせているのには憤りを禁じえない。こういう卑劣な操作を行わなければならないコトこそ、自分らの「焦りの表れ」ではないのか。一昨日、市民が主催したネット番組に出演した小沢氏の泰然自若とした様子には、「焦り」の「あ」の字も見受けられなかった。観たひとの誰もが、そう思うだろう。
それを、いかにも、「聖域である司法に噛み付く権力亡者」のように報道する。イエローペーパー以下の記事を載せる読売に「三大紙」を名乗る資格はない。



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