ブックマーク
プロフィール


秦映児です

秦映児の私的ブログ 
平らかなるまどろみ

秦映児の他ブログ
検索フォーム
【印象操作】記者クラブメディアに対する追撃の手をゆるめるな!【デッチあげ】

 記者クラブメディア、各社ひとりずつをずらっと横一列に並べて、「逆記者会見」をやってみたいという衝動に駆られることがある。一方的に質問し、非難し、難詰することしか知らないこの面々が、いざ答えを迫られる立場にたてば、どういう言動をするものだろうか。実に興味がある。

 さまざまな誤報や虚報を垂れ流し、それが露になっても、スルーするか「ゴメンナサイ」の一言で済ませてきたこれらの面々には、やはり「糾弾の場」を設けなければ公平さに欠けるというものだろう。企業や団体の責任者は、不祥事の度に頭を下げなければならない。メディアだけがそれから逃れられるものでは、本来、ないはずだ。

 「鉢呂強制辞任劇」について、当事者であるメディアにいろいろ訊いてみたい。鉢呂氏が防護服を記者のひとりになすりつけたときに発したとされる言葉が、どうして各社ぜんぶ違うのでしょうか?ひとつだけが正しいとすれば、ほかの全部がウソをついているのでしょうか?それとも、そもそもそんな発言はなく、あなたたちのデッチあげなのでしょうか?

 また、鉢呂氏の辞任会見の場で、「本当はなんと言ったのか?」と質問した記者たちをどう思いますか?自分たちがさんざん「こう言った」と書き立てておいた後に、「どう言った?」はないのではないですか?書いたことに確信が持てていないということの証左だと思いますが、あなたたちは、いつもこのように、ウラもとらずに原稿を書き飛ばしているのですか?

 新聞各社は鉢呂氏が福島第一原発周辺の地域を「死の町」と表現したことについて「問題になりそうだ」と報じました。この「問題にする」主体とは誰でしょうか?国民でしょうか?鉢呂の発言は問題だとする国民が、一斉に抗議の声をあげて、新聞社に投書なりを行ったのでしょうか?

 「問題にした」のは、実はあなたたちではなかったのでしょうか?同じ言葉、表現を使っても、「これは失言だ問題にしよう」とか「これはスルーしよう」とか決めているのではないでしょうか?過去に被災した土地や経済的に衰亡した地域を「死の町」と表現した政治家はたくさんいます。どうしてこれらは問題にならなかったのでしょうか?

 鉢呂吉雄氏が福島第一原発周辺地域を訪問した感想を「死の町のようだった」と述べたことを批判され、経済産業大臣を辞任したのであるが、他に似たような文脈で死の町と述べた前例はなかったのか国会会議録検索システムを検索して調べてみた。そうしたら出るわ出るわ。しかも同じく福島第一原発事故後の周辺地域について述べた大臣すらいたのに大問題にはなっていない。なぜ鉢呂氏の発言だけがことさら問題にされたのか(略)

●第177国会 参議院行政監視委員会(2011年5月16日)細川律夫厚生労働大臣の発言(肩書きは当時。以下同じ)
 
 今、石橋委員の方からお話がありましたように、私は五月の七日にJヴィレッジとそれから福島第一原発の方に行ってまいりました。
 Jヴィレッジから福島原発に行く間、これマイクロバスで行きましたけれども、その間、人が一人も見えない、いない、牛が放牧をされて、主のいない牛が、何というか、漂っているといいますか、そんな風景を見まして、本当に町全体が死の町のような印象をまず受けました そして、完全防護服を着まして、そして第一原発の免震棟の方に行きましたけれども、防護服を着てマスクをいたしますと、動作もなかなか鈍くなりまして、非常に動くのも不自由、何か息をするのも何となくしにくいような、そんな状態で免震棟の中に入りました。そこには作業員がたくさんおられまして、そしてたくさんの方がそこで作業をしたり休んだりいたしておりまして、その状況を拝見をいたしまして、この原発の収束作業、これは大変な作業であるということをまず実感をいたしました。
 そこで、私は作業員の皆さん方に、あなた方、皆さん方のこの作業というのはもう世界中の人たちが注視をしていると、何とかこの原発収束をしていただくように心からお願いをしますと、こういうことで、しかし、私の方では皆さん方の健康が大事だということ、したがって、被曝量の管理とそして皆さん方の健康と、これが私にとっては関心の最も高いところであり、皆さん方が無事この作業を終えられることを心から期待をしているというような挨拶もさせていただきました。私は、作業員の皆さん方のまずは被曝線量の管理、そしてまた健康管理、これをしっかりしていただく、また私どもの方としてもそれを指導していくということを強く思った次第でございます。
 また、会社側からもいろいろとお話もお聞きをいたしました。会社側の方としても、収束に向けて最大限の努力をしているけれども、なかなか思うようにいかないところもあって国民の皆さんにも御心配掛けているというようなお話もございましたけれども、いずれにしても、原発が収束をしなくては、このための作業というのはこれは何としてもやり抜いていただかなければならないと思いますし、そのために健康管理というものは私どもの方としてはしっかりやっていきたいと、指導してまいりたいと、このように考えたところでございます。

ブログ「資料屋本舗」"死の町という表現をした前例"より引用


※177国会 参議院行政監視委員会(2011年5月16日)細川律夫厚生労働大臣の発言原文はこちら 

この細川前厚労大臣も鉢呂氏とまったく同じく、福島第一原発周辺を「死の町」と発言しましたが、鉢呂氏が問題になり細川氏が問題とならないのはなぜでしょうか?また、次の質問に立った自民党議員の浜田和幸氏は細川氏の発言を別に問題にしていないのに、今の自民党が鉢呂氏の発言を問題にするのはどうお考えですか?

 訊きたいことは、まだまだ山のようにある。いつも、メディアの態度に矛盾や疑問を感じたら、すぐに電話するようにしている。が、たいがいのメディアは、「そのような意見がありましたことを報道現場に伝えておきます」の一点張りで、絶対に質問には答えない。いつかも書いたが、日本でユーザーの質問に答えない不親切な企業は、記者クラブメディア各社だけであろう。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
今日も一票、お願いします。

 しかし、NHKだけは違った。最近の世論調査の設問で「小沢元代表の党員資格停止処分を解除すべきか否か」というのがあったことに対し、どうしてこういうきわめて党内事情的な問題を調査の対象にしなければならないのかを電話で問うた。ほかのメディアなら「その設問がおかしいという声があったのを現場に伝えます」と言うのみで、絶対に答えないが、NHKはそれなりの回答をした。

 まあ、「その問題に対しての視聴者の興味が大きいと判断したから」といったたぐいの、当たり障りのない答えであったが、それでも、他社とはぜんぜん、違う。さすがに、人の懐(ふところ)から強制的に少なくないカネをふんだくっている関係上、おざなりな対応はできないということなのだろう。

「高い受信料を払わされている視聴者のなかにも小沢一郎を支持する人はたくさんいる。恣意的な報道はどうか謹んでください」と要請すると、なんとこのNHK氏、「肝に銘じます」と答えたのだ。さすがに、カネを払ってやっているという立場は強い。新聞社などは「気に入らなければ読まなくてもいい」という態度がとれるが、NHKは強制的にカネをとる以上、そんなことはできないのだ。

 後で思ったが、「公共放送なんだから、大越なんとかみたいに、自分の主観を勝手に喋るのをやめさせろ!」と言えば良かった。どうしてカネまで払って、あの男の勝手な御託を聞かせられなければならないのか。ともあれ、読者諸兄に告ぐ。カネを払っているんだから、NHKに遠慮はいらない。事あるごとに、言いたいことをぶちまけてやろうではないか。

「朝日新聞」を疑え


「朝日新聞」を疑え


第1章 朝日新聞を論破した、ある官庁の戦い-インターネット公開討論で「朝日」敗北(朝日新聞『建設省のウソ』記事の衝撃/インターネットで「公開討論」へ ほか)/第2章 新聞の主張と全く違う朝日新聞の経営実態-「東陽社」事件にみる、利益のためには「弱者」切捨て(週刊誌に糾弾された「東陽社問題」/「無関係」を口実に責任回避 ほか)/第3章 朝日新聞社とテレビ朝日の奇妙な関係-他社を批判できるほど「朝日」はクリーンか(「テレ朝」の人事権を握る朝日新聞/三つ巴・熾烈な経営の主導権争い ほか)/第4章 「曖昧論調」と「外圧利用」、そして「世論操作」-結局はご都合主義じゃないのか(朝日新聞『社説』大批判-宮武外骨、アメリカVS.タリバーンから教科書問題まで/「朝日新聞」と自民党総裁選挙 ほか)


関連記事 [未分類]
未分類 | コメント(-) | 20110915004651 | 編集
     © 2017 世に噛む日日  Designed by 意地天