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言論の名に値しないサンケイが言論の自由をのたまう件


30分しか時間がない。なので、今日はこのニュースだけ。

サンケイの記事にいちいち文句をつけるのは、子供の屁理屈に真正面から反論するようなもので、実に「大人気ない」ことなのかもしれないが、どうにも、黙っていられない。

輿石幹事長は異例“言論統制” 枝野氏起用は「ソツのなさ」

「鉢呂氏辞任の経過も含め大変残念だ。報道のあり方について皆さんも、もう一度考えてもらいたい」

 輿石氏は12日、初の定例記者会見で記者団に注文を付けた。鉢呂氏の非公式な発言を記事にした方が悪いと言わんばかりで、報じた報道機関の幹部からの「事情聴取」も始めた。

 「報道のせいで何も言えなくなっちゃったよ」「何を書かれるか分からんからしゃべれんわ」

 12日昼の政府・民主三役会議終了後、党執行部の口は重かった。箝口(かんこう)令が敷かれたからだ。輿石氏は14日の両院議員総会で閣僚や党所属議員にも発言を慎むよう徹底する考えだ。

 失言を反省せず、八つ当たりをするのは政権末期の様相だ。首相が所信表明演説をする臨時国会を13日からの4日間に限ったのもボロが出るのを防ぐためだ。

 首相は9日の記者会見で鉢呂氏の「死の町」発言を厳重注意で終わらせる意向だった。だが、「放射能をうつしてやる」と記者団に発言したことが同日夜に発覚すると、「更迭」にかじを切った。

 鉢呂氏と同じ旧社会党出身の輿石氏も当初は「辞職は必要ないと主張していた」(官邸筋)が、いじめを助長する「放射能」発言では、元教員として抗しきれなかったようだ。


 「発言を慎むよう」に閣僚や党所属議員に徹底させることが、どうして「言論統制」になるのか。「鉢呂氏の非公式な発言を記事にした方が悪いと言わんばかり」と感じるのは、自分らの「主観」であって、政府がこういう動きをすると、判で押したように「言論統制」だなんだと騒ぎ、とたんに「被害者面」をし始める姿には、心底、ゲンナリしてしまう。

 自分らは「死の町」という表現がどうして悪いのか、検証したことがあるのか。死の町でないのなら、堂々と20km警戒区域に入り、現在、どういう状況になっているのか報道したらどうか。東京の安全な場所で、閣僚や政治家の言葉の言葉のあげ足を取り、理不尽な「辞任劇」を演出することが、報道機関のやるべきことなのか。

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 メディアの暴走のせいで、政治が滞る──今回の「鉢呂辞任劇」は、その典型的なモデルケースだ。あからさまな差別発言があったわけではない。事故後のチェルノブイリを「死の町」と表現した過去のメディアの例もある。「放射能」をつけたのつけないのといった表現も各社バラバラで、実はどんなことを鉢呂氏が言ったか、いまだにわかっていない。

 ましてや、「放射能を『うつして』やるぞ」などと本当に言ったのかどうか。「うつしてやる」というのは、これまたサンケイ独特の表現だ。後段の「いじめを助長する『放射能』発言」につなげる、恣意的なデッチあげのにおいがプンプンする。

 時間がなくなったのでやめるが、「言論の自由」は、広く国民に存するものだ。メディアの専売特許ではない。そして、誤解を恐れずに敢えて言うが、自由であるべき言論は、言論の名に値するものにのみ与えられて欲しいと思う。これはそうあるべきというのではなく、そうであって欲しいという僕の願望だ。
 
 もちろん、サンケイをはじめ、記者クラブメディアの報道全般は、「言論」の名に値しないと思っている。

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未分類 | コメント(-) | 20110914090542 | 編集
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