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海江田は傀儡であることを「何が悪い」と居直るべきである。

このニッポンに、長年大切にしてきた既得権益を守ろうと日夜、画策するグループのなかで、その「必死さ」において、もっとも突出しているのが、僕は記者クラブメディアではないかと思っている。

今般の民主党代表選挙においても、相も変らぬ「世論調査」で世論誘導をはかるが、こんな調査など、本当に行われているのかどうか、わかったものじゃない。
よしんば、本当に行われていたとして、果たして発表どおりの結果が出たのかどうか、大いに疑わしい。
一年有余にわたる「小沢バッシング」をつぶさに見てきた者として、記者クラブメディアほど「信」を置けぬ存在はないと思っているから、こいつらが妙に大きな声で訴えることは、すべて全否定して間違いはないと思っている。

その最もたるものが「前原人気」だ。
どこか一社が、誘導的な世論調査の結果として「前原が国民的人気がある」と大きな声を出せば、それがいつの間にか「周知の事実」となってしまい、他社の世論調査の結果に影響を及ぼす。「なんだか知らないけど、前原って人気があるんだな」と、こういう「空気」が蔓延していく。ニッポンが「首相公選制」などでないのは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。

ワイドショーなどでは、「前原氏」の前に必ず「国民的な人気のある」という冠詞をつけるのが鼻につく。かつては安倍慎三、麻生太郎、桝添要一などがこの冠詞をつけられていた。今は見る影もないこれらの面々を思うにつけ、「人気」などというものは、実体とかけ離れた、スカスカで浮薄なものであると思うしかない。

ところで、小沢氏が海江田氏支援を打ち出したことによって、記者クラブメディアの焦りが仄見えてきたような気がする。今日、思わず爆笑したのが、毎日の以下の記事である。

<民主代表選>党内権力抗争に終始…有権者100人アンケで

全国で100人にアンケートということは、一県(都道府)につき2人にアンケートしたということになる。
僕が住む福岡県に、たまたま「前原好きよ、でも小沢は大嫌い」な人が2人選ばれる可能性は、限りなく大きいと思われる。
そんな「アンケート結果」に、いかほどの信憑性があるだろうか。

さすがに、聖教新聞印刷に助けられて、やっとの思いで存続している貧乏新聞だ。
告示から、たった3日という電光石火の早業で行われる代表選にあわて、緊急世論調査を打ちたかったのだろうが、とてものこと時間と予算が足りず、たった100人に世論調査を敢行し、なんとか、全マスコミあげての世論操作に参戦したということなのか。
それにしても、これはお粗末すぎないか。1000人でもどうかと思うのに100人とは。

ともあれ、今後の記者クラブメディアの「小沢攻撃」のコンセプトは、古典的な「小沢=闇将軍」キャンペーンに終始していくだろうことは、火を見るより明らかだ。
どなたかがツイッターでおっしゃってたが、海江田は「傀儡で何が悪い」と居直ってはどうなのか。

ニコ動の特番に出た片山さつきが「小沢観」を問われ、「今まで(小沢の)仲間だった人の多くがこっち(自民党)に来て、『もう二度と、小沢と行動を共にしない』と言っている」と言い放ち、「それだけ信義の薄い人間なのだ」と言外ににおわせた。しかし、そう言うのなら、逆に、こう言いたくなってくる。

「金の力で築いた多数派」などとマスコミも喧伝してきたが、一年以上も冷や飯を喰わされ、党員の資格さえ不当に停止された、権限も力もすべて奪われた人物に、どうして、これだけ多数の政治家がついてくるのだろうか。そこに、打算を超えた、真摯なリスペクトがあるからではないのか。

キリストの弟子の中からはユダという裏切り者があらわれ、釈尊の弟子の中からも、提婆達多という反逆者が現れた。彼は私的な打算で「師」の弟子になり、「師」を利用し、「師」にとってかわろうとさえした。(三逆罪のひとつ「破和合僧」)
片山議員の言う「こっち(自民党)に来」たかつての「仲間」とは、そういう類の人間だったのではないかと、僕は思っている。

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打算で野合するグループの弱さは、昨年の代表選で菅を支持した者どもの、少し前の姿を見れば、明らかだ。自分らを執行部や政権内の要職につけ、人がましい地位に押し上げてくれた「恩人」を引きずりおろそうと狂奔した醜い姿は、記憶に新しい。
しかし、信念と理想で結束するグループは強い。小沢グループの「力の源泉」はそこにあり、決して「カネ」なんぞというものではないと僕は信じている。

海江田は、率直に「原発再稼動」や「TPP参加」をすすめようとした過去を自己批判し、これから真の「国民の生活が第一」主義にのっとった政治を断行することを、高らかに宣言すべきである。「あーでもない、こーでもない」という有耶無耶な態度は改めるべきである。自分は傀儡であり、神輿であり、二人羽織の顔の部分であることを内外に明らかにすべきである。

そして、もし総理になれたら、3党合意なんぞという、民意を無視した密室談合は、さっさと白紙にしてしまえばよい。片山さつきは「信なくば立たず」などと口走ったが、てめえらの勝手な密室談合上の「信」なぞ、芥(あくた)とともにドブの中にに放り込んでしまえ。俺ら有権者の「09マニフェスト」にかけた「信」は土足で踏みにじられたのだ。国民との「信」こそ、何よりも大事にせよ。

そして、間違ってはいけない。海江田を操る者は、国民との約束を明文化した「09マニフェスト」であり、小沢一郎個人では決してないということを。

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