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原発と原爆を一緒くたにされるのが迷惑げな広島市長

知事が8・6首相発言を批判

広島県の湯崎英彦知事は9日の記者会見で、菅直人首相が6日にあった広島市の平和記念式典でのあいさつで「『原発に依存しない社会』を目指す」と表明したことについて、「式典を政治的に利用したと疑われても仕方がない。不適切だ」と批判した。

 湯崎知事は「式典は本来、被爆者や核兵器(廃絶)について考える時間」と強調。「核兵器廃絶と方向が違う『脱原発』が注目されるのはいかがなものか。注目が集まる場で支持率上昇を狙った発言と疑われても仕方がない」と述べた。

 さらに、首相が打ち出した「脱原発依存」を「唐突だ」と批判。今後のエネルギー政策の在り方について「適切な情報開示に基づく国民的な議論が必要」と訴えた。

 湯崎知事は式典あいさつでエネルギー政策について触れなかった。「原発による放射線被害や脅威は許されることではないが、それを結び付けてしまうと『平和祈念』ではなく『脱原発』に注目されてしまうので言わなかった」とあらためて説明した。

(中国新聞 8/10)


どうして、「脱原発」が「核兵器廃絶」と方向が違うのか、よくわからない。
原発も核兵器も「原子力」を使用する。
人間の命を毀損し、人間と人間の文明に、容易に終止符を打つ力を持っている。
そもそも「原子力の平和利用」と言うが、今のフクシマの状況、これが「平和」の帰結だろうか?
よく「死人はひとりも出ていない」と言うが、まだ事故から5ヶ月しか経っていない。
事故を直接の原因とする死が、この先、どれほど出てくるかわからない。
そこが、放射線被曝の恐ろしいところなのに、「死人は出ていない」と嘯く推進派の意識には、ひとの命ということに対する救いようの無い鈍感さを感じずにはおれない。

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ともかく、フクシマのあの惨状が進行中であるというのに、首相がまったくそのことに触れないというのは、かえって不自然だろう。
ヒロシマへの原爆投下を因とした総死者数は24万人ときいている。そのうち、1945年内に死亡したのは14万人。
実に、10万人の人が、事後の後遺症で亡くなっているのだ。その大半が、放射線被曝で亡くなったと言っていいだろう。
放射性物質による死が顕著だったヒロシマと、まさにその放射性物質が拡散し続けているフクシマとは共通項が多い。
また、「戦争」と「原発推進」という違いがあれ、国家の間違ったリードで、多くの国民が犠牲を強いられたという意味で、その構造はほとんど同じである。

菅の思惑はどうであれ、人類史上に大きく刻印される大事故を起こした以上、原発を廃絶する方向に向かうことは、当たり前のことである。
むしろ、この期に及んでなお、原発に固執し、「再稼動」をもくろむことのほうに無理があり、「異常」というほかはない。

※中途半端ですが、もう寝なければなりません。
明日は5時起きで名古屋行きですので、この続きは13日ごろになると思います。
申し訳ありません。

そうそう、広島県知事の経歴の一部だけは、明らかにしておかなければなりませんね。

1990年:通商産業省入省
     通商産業省 機械情報産業局総務課及び自動車課(通商問題担当)
     中小企業庁計画部計画課 総括係長
     資源エネルギー庁原子力産業課 課長補佐
     通商政策局米州課 課長補佐
                                  http://bit.ly/c2SMFz

  

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