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玄海原発は絶対廃止に決まっとろうもん。九州人を馬鹿にしたらいかんばい、経産省。

本日から、ブログ記事のスタイルを「なるべく頻繁、かつ短く」に変えていこうと思っています。

「原発再開の賛成派だけでシナリオを作った」 玄海原発、国側がCATV出演者7人を地元広告代理店に依頼
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110627/trd11062709590011-n3.htm

佐賀県の古川康知事は「賛成派を集めたヤラセでないことは、番組を見ていただければよく分かったと思う」と一定の評価を与えた。経産省によると、代理店を通じて原発反対派にも参加を打診したが、「人選が不透明。運転再開に向けたアリバイ作りだ」などの理由で断られたという。県幹部は「反対の立場の人は原発に関して勉強してきたはず。こういう機会だからこそ同じテーブルについて、その知識に基づいた意見を出してもらいたかった」と話した。

 その反対派はケーブルテレビ局の周囲で鐘や太鼓を打ち鳴らして気勢を上げていた。番組で国側に厳しい意見を投げかけていた県内在住の映画評論家、西村雄一郎さんは「私は別に賛成派ではないが、反対派の人がたくさん来て車を取り囲まれた」と憤っていた。

 福島第1原発事故の後、初めて原発の地元住民の不安や疑問に国の専門家が答えるという住民説明会に、全国から注目が集まった。しかし、国は議論以前の不透明な開催方法で説明会を台無しにし、反対派は会場周辺を混乱させ、国が今回のような方法を取る口実を与えてしまった。 佐賀県民に限らず、原発に関して国民が望んでいるのは極端な賛否だけではなく、安全かどうかの冷静かつ建設的な議論ではないだろうか



さすがサンケイ、反対派への反感を巧みに滲ませた記事内容だ。
国側の不透明な開催方法と並べて「公平さ」を装ってはいるが、その実は、一方的な「反対派」への批判に終始している。

「安全かどうかの建設的な議論」を話すのは、推進派のやることだろう。
そもそも、原発の全廃をもとめている反対派が、どうして「建設性」を問われなければならないのだ。

「安全かどうか」を説明され、「安全です」と太鼓判を押されても、最早、信ずるに値しない。
あれだけ「絶対安全」を断言されてきた福島第一原発が、メルトダウンを起し、チャイナ・シンドローム寸前の状態を見せているときに、老朽化した35年前の原子炉を「安全ですから再稼動させてください」と説明されて「はいそうですか」と納得できるはずもない。

昨日、「まるで原発などないかのように」という本を紹介したが、「まるで福島の事故などなかったかのように」振舞う国の態度には、「九州人を馬鹿にするにもほどがある」という思いを禁じえない。

再稼動よりもまず国のやるべきことは、何度も言うように「フクシマの収束」じゃないのか。
原発推進の旗フリをしてきたサンケイは、今こそその反省のうえに立って、反対派への政治的批判ではなく、「フクシマ収束」を訴えていくべきなのだが、この腐ったメディアにそれを期待するのも無理というものか。

  

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玄海原発に異議あり
玄海原発設置から30年。まず、玄海原発が建設され、運転を始めるまでの原発前史をふり返り、その後「玄海民報」に連載された、著者の原発寸評コラムの集成を収める。〈








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未分類 | コメント(-) | 20110627132653 | 編集
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