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前原失脚は小沢派との接近を阻止しようとする何者かの謀略か?

今日、カーラジオで参議院予算委員会のもようを運転しながら聴いてうるうちに、強烈な既視感(デジャ・ヴュ)に襲われた。
例の「献金」の件について前原氏に質問していたのが、西田昌司という、やたら大きな声を張りあげる自民党の議員だったからだ。
この男、たしか、昨秋の小沢氏への「検審議決」直後、やはり予算委員会で、確証のない小沢氏の「疑惑」について質問し、首相に「それについての証拠を示してください」と逆に要請されるや、「証拠は検審の議決文の中にある!」と叫んだ男である。
こんな奴と同列で前原氏の件をを追及することが、とたんに馬鹿馬鹿しくなってしまった。

「政治とカネ」で政治家が大騒ぎを演じることで一番喜んできたのは、役人であろう。
自らの手足を縛り、首を絞めることに政治家自身が一生懸命になっているのだ。
国民の代表たる彼らが、率先して自分自身を身動きできなくしてしまうこの愚行が齎すものは、「民意の抹殺」以外の何者でもない。
官僚の官僚による官僚のための天下が安泰となる、これは一番の近道であろう。

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僕は、今までさんざん小沢氏の足を引っ張り、背後から鉄砲を撃って、旧権力の弾圧を助けてきた前原氏を憎む感情に衝き動かされ過ぎていたのかもしれない。
西田が「政治とカネ」という呪文を駆使して前原氏を「追及」する姿は、あの小沢攻撃をしたときの姿と寸分も違わぬものだ。
絶対に、そんな奴に与してはならないと思った。

もとより、前原氏の新自由主義的で、かつ超保守的な「スタンス」とは、僕の思いは対極にある。
僕が前原氏を批判するのなら、その部分でこそ、徹底的に行わなければならなかったのかもしれない。

「政治とカネ」問題が浮上してくる背景には、必ず、対象となる政治家の「粛清」というベクトルが存在するのが、わがニッポン国の「政治風景」だったと思う。
その政治家たちは、ある「宗主国」の「虎の尾」をついつい踏んでしまい、政治生命を絶たれてきたのではないか。(このことに関しては、更なる論考を重ねてゆく必要があるので、もう少し勉強をしたいと思っている)

前原氏も、その例に洩れず「見限られた」のではないかという気がしてくる。
え~?あの「ポスト菅」の最有力候補、対米従属第一人者が、まさか~!?
という声が聞こえてきそうだが、ここで、前原氏が踏んだ「虎の尾」とは何だったのかを考えてみる必要がある。
その鍵は、今からさかのぼること一ヶ月前の、以下の記事にあるのではないかと思っている。

民主の前原、輿石氏が急接近か 「ポスト菅」で臆測も
http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011020501000440.html
民主党の前原誠司外相と輿石東参院議員会長が5日、山梨県昭和町での党所属議員集会でエール交換する一幕があった。前原氏は菅直人首相後継の有力候補の一人で、小沢一郎元代表と距離を置く勢力の代表格。輿石氏は小沢氏支持派の有力幹部で、両者の接近はねじれ国会で菅政権の行き詰まりが指摘される中、臆測を呼びそうだ。

輿石氏は「わが党にいつ春が来るのか。前原外相らの時代にどうバトンタッチできるかが、いま問われている最大の課題だ」と指摘。「元気な日本づくりのため、前原氏らへの期待は日に日に高まっている。私も微力だが、支えていくことを誓いたい」と強調した。

前原氏は「私が『非小沢』というのはくだらない分け方だ。『親小沢』と言われる輿石氏を心から尊敬している」と応じた。自身の党代表時代を振り返り「良い時も悪い時も支えてくれたのは輿石氏。あの恩を絶対忘れることはできない」とも述べた。

2011/02/05 17:18 【共同通信】


この記事に窺えることは、輿石氏を仲介役として、党内最大勢力を持つ小沢氏を味方につけ、次期総理の椅子を磐石にしたい前原氏と、なんとしてでも長期政権を維持し続けたい菅首相との暗闘が、すでに始まっていたということではないのか。
前原氏が持っていた小沢氏側への大幅な「譲歩の姿勢」を察知した菅首相グループは、掴んでいた「前原献金ネタ」を週刊誌にリークし、失脚を狙ったのではないか。

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週刊文春の件(くだん)の記事を読むと、そのネタ元は「民主党関係者」とある。これは、「官邸周辺」と見て、間違いはないだろう。
「宗主国とニッポンの旧権力」の利害から見れば、小沢一郎とそのグループこそ「不倶戴天の敵」である。その「敵」に急接近していた前原もまた、「敵の味方は敵」と見なされた。その末の今回の「前原失脚」ではないのか。

そう考えてみると、いかに菅政権というものが、宗主国と旧権力の意を迎えた傀儡政権であるのかが浮き彫りになってくるというものだ。

それにしても、自民党・西田が「外国人による献金」へと巧みに問題をすりかえたのにはあきれた。さっそく、マスコミ各社も「それ一辺倒」の報道に塗り替え、「暴力団とのかかわり」という、もっとも問題にしなければならない事柄は、完全にスルーされたままだ。そこはきっと、「不可触領域」というか、最大のタブーであり、そこに下手に踏み込むと、自民党もマスコミも大きな返り血を浴びなければならないのだろう。だから、「外国人」という都合のいい「排外主義」に飛びつくのだ。

政党もマスコミも企業も宗教団体も、ありとあらゆる勢力が闇社会を利用し、また利用されて、持ちつ持たれつでやってきた。時折、そのツケを払わされる「フがない」(北九州弁で「運が悪い」の意)団体や人物が現れる。前原氏や野田氏、レンホー氏がその「ババ」を掴まされた。そしてそれは同時に、小沢氏を代表とする「国民の生活が第一」派への、執拗に続けられる弾圧の一環なのだ。と、僕はそう思う。

※参照 富塚文太郎の診断録「前原・小沢連合で菅降ろしか」

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