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中東諸国の独裁者達に決して負けていない菅直人。ただし「権力欲」という点で。

リビアの独裁者、カダフィ大佐の22日の演説をきいて、このひとの意識は大統領とか首相とか「国のリーダー」というよりも、あくまで「革命軍の総帥」のままなんだということがよくわかった。それで、いつまでも「大佐」なんだよね。
だから、チュニジアとかエジプトの独裁者とは違って、デモに集まる民衆を「自国民」とは見ずに、「革命の敵」と見做しているから、殺戮するのに、それほどの罪悪を感じないんだと思う。それだけに、厄介な存在かもしれない。
さらなる流血の事態が想像されて、気分が塞がれてしまうわけだが、中国の天安門事件や、韓国の光州事件のような、大規模な民衆虐殺にいたらないことを、切に願う。

ニッポンで大規模な民衆の抵抗運動は、60年安保闘争が思い起こされる。曲がりなりにも「民主国家」であるニッポン国は、民衆に銃を向けることだけは、なかった。いや、一例だけ、あった。
僕が参加した、三里塚闘争(成田の空港反対闘争)でのこと。1977年5月9日、ただ座って集会をしていた千人近くの反対派農民や支援の活動家らに突如として機動隊が攻撃をかけてきた。催涙弾を込めたガス銃を撃ってきたのだ。
集会の人ごみの中にいた、僕の近くに落ちた催涙弾は、煙を放ちながら、足元に転がってきた。傍らにいたひとりがそれを拾いあげ、機動隊の隊列に投げ返した。おかげで、ガスの直撃を浴びなくて済んだ。
この催涙弾は金属で出来ていて、かなり硬いもののような感じがした。機動隊は、別の場所で、それを水平に構えて撃ったらしい。スクラムを組んで救護所を守っていた、東山薫という青年が、それに後頭部を直撃され、数日後に絶命した。

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あの「催涙弾」が、「本物の銃弾」である事態が、今、リビアで起こっていると考えれば、どれだけ恐ろしい事態であるかが想像できる。
権力者というものは、わが権力、わが体制を守るためには、民衆ひとりひとりの命など、鴻毛よりも軽いと思っている。
わが国だって、とことん情勢が煮詰まれば、容易にそういうことが起こり得る。三里塚の記憶がそれを裏付けている。

しかし、「民主国家」を標榜するニッポン政府は、いかにも「国民の命大事」であるフリをする。災害が起きればマニュアルにしたがって対策本部をたちあげ、ピカピカの真新しい作業服を着た関係閣僚が現地に飛ぶ。「フリをするとはあんまりではないか」と抗議する向きもあろう。しかし、以下の事実を、親愛なる読者諸兄はいかに見るか。

富山市長が政府批判「家族を失望させた」 専用機同乗が一転、不可で

 ニュージーランド地震で現地に向かう政府専用機をめぐり、富山市の森雅志市長は23日、同市の富山外国語専門学校の家族らを同乗させられないと、政府側が連絡してきたことを明らかにした。

 前原誠司外相は22日夜、現地に派遣する国際緊急援助隊が乗る 政府専用機で、被災した生徒らの家族を同乗させる考えを示していた。

 森市長は23日の市幹部を集めた会議で「やっぱり無理と言われた。 希望を募っておきながら、いかがなものか」と政府側の対応に苦言を呈した。

 市によると、外務省は22日夜、学校側に同乗をいったん提案したが、搭乗者数の制限などから不可能と伝えてきたという。森市長は「家族は かえって失望してしまう。(政府は)確度の高い情報を出す必要がある」と批判した。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110223/plc11022312320013-n1.htm


ここには前なんとか外相の、「NZ地震にかこつけて政権への支持を獲得しよう」という下心が僕には透けて見えてくるが、どうだろうか?
あるいは、軽薄な思いつき以上のものはなかったのかもしれないが、いずれにしろ、今も瓦礫の下で生死を彷徨っているかもしれない娘、息子の命を気遣う縁者の心を踏みにじる言動であるのは間違いない。本当にお前は、国民の命を気遣っているのかと問い質したくなってくる。

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しかし、この前なんとかはまだ、「フリ」をするだけでもマシかもしれない。
あからさまに、「国民の命などどうでもいい」と言い放ってしまった大臣がいる。
何大臣かって?

総理大臣である。 

これは、サブ・ブログ「別冊 世に噛む日日」に、先にアップしているこの記事を読んでいただきたい。

いざとなれば平気で国民を見殺しにする史上最低の首相 

映画「ヒトラー最後の12日間」の終わりあたり。
ブルーノ・ガンツ扮するアドルフ・ヒトラーが、国民に敗戦の責任を転嫁するセリフを思い出した。

それは、ブログ「低気温のエクスタシー」で、はなゆーさんがサブタイトルに掲げてある文言でもある。

映画「ヒトラー最後の12日間」より:「ソ連軍に包囲される前にベルリン市民を脱出させるべき」という進言を退けたヒトラーは、平然と「国民の自業自得(自己責任)」だとうそぶく。「(ドイツ)国民が地獄を味わうのは当然の義務。われわれを(選挙で合法的に)選んだのは国民なのだから、最後まで付き合ってもらうさ」


この言葉は、ワイマール憲法が定めた「選挙」という極めて「民主的なプロセス」を経て、ナチスという極右政党を選んでしまった当時のドイツ国民に向けた、非常に重く、かつ皮肉な言葉である。しかし、独裁者ヒトラーに第一の責任があり、彼がこういうことをうそぶく資格はないということも確かだ。

週刊朝日が報じた菅直人の言動は、それが事実ならば、カダフィやヒトラーと共通するメンタリティから発せられたもののような気がして仕方がない。
この男がニッポンではなく、中東地域の国に生まれていたなら、独裁者として君臨した可能性を考えないでもない。

あはは。それは、言いすぎというか、買いかぶりか(笑)
菅が、中東諸国のかつての独裁者のような「政治力」や「胆力」を持ち合わせたかというと、すこぶる疑問だった。

「権力欲」という点では負けないにしても




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未分類 | コメント(0) | 20110224041930 | 編集
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