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いまだに政治の停滞を小沢氏のせいにする思考停止の朝日

ふと、思うところがあって、一年前の記事を読んでみた。

小沢幹事長は今日、検察の事情聴取に応じ、直後の記者会見でも、かなり詳細な説明をしている。
にもかかわらず、そのあとの取材でジミンのタニガキ氏が、いまだに「説明責任を果たしてない」などとのたまっているのには呆れた。
僕の青春時代、CDが普及する前は、もっぱらレコードで音楽を聴いていたものだが、針がすりきれていたり、盤に傷が入っていると、同じところを何度もくりかえす。
「説明責任~♪、説明責任~♪、説明責任~♪、説明責任~♪・・・」といったふうに。
自転車事故以降、壊れた蓄音機のように、タニガキ氏もどこかが壊れてしまったのだろうか。

しかし、さすがに、大マスコミは、これで「説明責任」という何とかのひとつ覚えを、呪文のように唱え続けにくくなったのではないか。
そこで、あれだけ声高に、他者に対して「説明責任」をもとめたわけだから、今度は是非、自らの疑惑に関しての説明責任を果たしてもらわなければならない。
その「疑惑」とは、むろん、昨日のエントリーでも触れた「検察リーク疑惑」である。
昨日の電凸の感触でも、このことは、絶対に触れてほしくない急所だったようだが、われわれ国民には「知る権利」がある。
その「国民の知る権利」を盾に、今までさんざん「報道の自由」という「聖剣」をふりかざしてきたわけだから、自らも絶対に、それに答える義務があろう。


一年前の僕は、つくづく「甘ちゃん」だったなと思ってしまう(苦笑)
「さすがに、大マスコミは、これで『説明責任』という何とかのひとつ覚えを、呪文のように唱え続けにくくなったのではないか」という文言のなかに、まだまだ、1センチほどの、記者クラブメディアに対するわずかな「信頼」を残していたことに、気づかされる。
まさか一年経ってもいまだに「説明責任」を唱え続けていることなど、予想だにできなかったのだ。

「永田町異聞」の新さんも触れていた、1月22日の「天声人語」を一年前の僕が読んだら、どういう感想を抱いただろうかと思ったりする。

知米家で知られる先輩記者の松山幸雄さんが、かつて米国の大学で学生らに話をした。日本の「企業ぐるみ選挙」の説明をすると、「それは政治学というより文化人類学の領域ではないのか」と質問され、恥ずかしい思いをしたそうだ▼その松山さんが、「米国の知日派の会合で『小沢一郎氏の力の源は何か』と聞かれるのが一番困る」と言っていた。思想的な牽引(けんいん)力があるわけではない。演説は下手。時々雲隠れし、たまに会見してもレベルの高からぬ話――。それでいて政治のリーダーなのが、彼らには何とも不思議らしい▼たしかに、納得させる答えは難しそうだ。日本人にとっても、小沢氏の輪郭はなぞりにくい。今回も、衆院政治倫理審査会に出ると思ったら、あれこれ駄々をこねている。民主党内はきしみ、またぞろのうんざり感が募る▼よく「司法の場にゆだねる」と言うが、一国の政治リーダーの場合、そう単純ではあるまい。権力をゆだねた国民に、潔白を進んで明らかにする道義的責任を常に負う。それを知らぬ氏でもなかろうに、と思う▼のどに刺さったトゲというより、国政の十字路に転がり落ちて動かぬ巨岩だろう。「与党街道」も「野党通り」も渋滞し、クラクションの音ばかり大きい。岩に足が生えぬなら、動かすしかない▼昔、元首相の吉田茂が「反対党は嫌いだが、反対党が強くないと内輪がおさまらない」と言っていた。言にならえば、民主党の内輪もめは野党の弱さゆえだろうか。週明けからの国会、政治学の領域の熟議が聞きたいものだが。



今の僕は、以下のような感想を抱いたわけなのだが・・。

知米家かなんかは知らないが、松山なんたらいう朝日の元・論説主幹が、どのような低い知見の持ち主だったのかが、「天声人語」氏の意図とは真逆に、ここに余すことなく炙り出されている▼そもそも、米国の若造ごときに、日本社会の「文化人類学的(?)特異さ」を揶揄するような指摘を受けたくらいで、「恥ずかしい思いをする」ような植民地根性の持ち主は知米家というより従米家と呼ぶべきだろう▼アメリカ帝国が日本支配の要と位置づけていた労働者の”赤化”押さえ込みに寄与したのが、戦闘的組合潰しを狙った「労使協調路線」だ。「企業ぐるみ選挙」はそこから派生したものだろう。いわば、アメリカ帝国による日本支配が齎した現象である▼それを日本社会の愚かさであるかのように決め付けて恥じ入ってしまったことに対し、日本人として大きな憤りを禁じえない。また、同時にそれは、松山氏に、ものごとを多面的に捉え、深く掘り下げる能力が欠如していることをも顕しているといってもいい▼アメリカ人に『小沢一郎氏の力の源は何か』と聞かれ困るのは、この松山氏に「認識」の二字が足りないからだろう。「思想的な牽引(けんいん)力があるわけではない。演説は下手。時々雲隠れし、たまに会見してもレベルの高からぬ話」・・これは一体、誰の「小沢評」なのか。アメリカ人のもののような作為を感じるが、実は自分達のものではないのか。▼小沢氏の思想的牽引力は他の政治家に類を見ない。代表選のときの演説は魂が震えるほどのものであったし、会見は幹事長時代は、毎週月曜日に定期的に開いてきた。ただ、マスコミの前に姿を現さぬだけのことを「雲隠れ」と決め付け、記者会見で「レベルの高からぬ」質問をして小沢氏に不勉強を指摘された側の、これは悪意に満ちた偏見に過ぎない。

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一年前の僕は、朝日を「対米隷属」とまでは思わなかったかもしれない。
ここ一年、小沢氏に対する、政・官・報による集中攻撃を目の当たりにし、僕も、ずいぶん、勉強できたものだと思っている。

しかし、「国政の十字路に転がり落ちて動かぬ巨岩」には、恐れいった。
それならあんたたち記者クラブメディアは、その十字路に至る幹線道路を、捏造と煽動とバッシングでズタズタに寸断した土石流ではないか。
国会の停滞やら何やら、なんでもかんでも「小沢一郎のせい」とするのも、そろそろやめにしたらどうか。
日本の政治を、今の体たらくに陥らせてしまったのは、あんたらマスコミだろう。
あんたらは当事者なんだ。
他人のフリをするな。

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参照:拙ブログ「当事者のクセに他人のフリをしたがる大新聞」(2010/02/06)より

「検察が小沢幹事長の起訴を断念して一夜明け、朝日がどんな自己批判をしているのかと一面を見ると・・。
以下の署名記事を読んで、気分がむかむかする。

『政権のリセットを』 政治エディター 薬師寺克行 朝日2/5 一面

多くの国民にとって、小沢幹事長の不起訴は意外だっただろう。連日新聞やテレビが小沢氏のカネにまつわる話を大きく報じてきた。おのずと東京地検特捜部の捜査の進展に耳目が集まった。
嫌疑不十分というのが不起訴の理由だ。法的には決着したのだろうが、なんともすっきりしない印象が残る。
まず、小沢氏の元秘書ら3人の起訴は異常なことだ。小沢氏の事務所の体質を物語っており、「秘書に任せていた」では済まない。
私たちの取材でも次々と腑に落ちない事実が浮かびあがった。小沢氏の資金管理団体はなぜ10件あまりもの不動産を所有しているのか。小沢氏が党首だった自由党などの資金は解党後どこへ行ったのか。こうした問題はいまだに解明されないままだ。
巨額の資金が絡む「闇」を持つ政治家が、政権党の幹事長として国政を左右するのでは、まともな民主主義国家とは言えないだろう。
それ以上に深刻なのは、民主党が政権交代に対する国民の期待をあっという間につぶしたことだ。
鳩山由紀夫首相と小沢幹事長が金銭スキャンダルにまみれた。政権中枢は不祥事への対応に追われ、内外の重要課題への取り組みが停滞している。国会では政策論議が脇に追いやられてしまった。
期待感はすでにやりきれなさや憂いに変わってしまった。このままでは反発や不信、無関心に転じかねない。
首相は「小沢氏に参院選を仕切ってもらいたい」と述べた。自浄能力のない、もの言わぬ政党のままでいるつもりなのだろうか。今、すべきは政権のリセットだ。
民主党は小沢氏の豪腕によって政権交代を実現した。しかし、国民が期待していたのは透明で公正な政治であり、自民党流をひきずる小沢氏が支配する政治ではない。
民主党はこれ以上、国民を裏切り続けてはいけない。

どうも、この「我ひとり清く正しい」という独善的な調子が、いちいち癇にさわる。一連の検察によるリーク報道を垂れ流して、「小沢=悪」のイメージを増幅させ、国民の政治不信を加速させているあんたたち大新聞が、人のことを言えた義理かと毒づきたくなってくる。総じて「人を一方的に叩く」ヤカラは、当事者であっても自己に不利な風が吹いてくると、「他人のフリ」をしたがり、「神の視線」でものごとを評論したがる。頼んでもないのに「国民の声」を代表し、清廉潔白な聖人君子の仮面を被って説教を垂れるそのいかがわしさに、怒りを通り越して感動すらおぼえる。
「朝日」がそんな態度ならば、僕が勝手に脳内で発行している「玄界灘通信」に、似たようなスタイルの記事を掲載してみようと思う。

(玄界灘通信 2月6日)

『新聞のリセットを』 玄界灘通信主筆 秦(はた)映児

賢明な国民にとっては、小沢幹事長の不起訴は意外でもなんでもなかっただろう。連日新聞やテレビが「関係者」によるリーク内容を無批判に報じてきた。おのずと東京地検特捜部の恣意的で強引な捜査に批判の目が注がれてきた。
嫌疑不十分というのが不起訴の理由だ。めでたく法的に決着して、実にすっきりした印象である。
まず、小沢氏の元秘書ら3人の起訴は異常なことだ。記載ミス程度の形式犯で国会議員を会期中に逮捕・起訴する東京地検特捜部の体質を物語っており、「小沢氏陣営を狙い撃ちにしたものではない」では済まない。
ネット上の情報でも次々と腑に落ちない動きが浮かびあがった。大新聞はなぜ石川議員らを告発した「世論を正す会」や小沢氏を告発した「真実をもとめる会」の実体を報道しないのか。5000万の裏金を石川氏に渡したと供述した水谷建設幹部が受刑者であり、福島県知事の「贈収賄事件」で虚偽の証言をした信用の置けない人物であることになぜ触れないのか。こうした問題はいまだに釈明されないままだ。
巨額の裏金づくりが絡む「闇」を持つ検察当局が、自己防衛的な動機と政治的な意図にもとづく捜査で国政を左右していることを大新聞が批判しないならば、まともな民主主義国家とは言えないだろう。
それ以上に深刻なのは、検察とマスコミが政権交代に対する国民の期待をあっという間につぶそうとしたことだ。
鳩山由紀夫首相と小沢幹事長が金銭スキャンダルにまみれたかのような一方的な報道がなされた。政権中枢はしなくともいい「こじつけられた不祥事」への対応に追われ、内外の重要課題への取り組みが停滞している。国会では自民党が政策論議を脇に追いやり、「政治とカネ」問題にほとんどの審議時間を費やさせ、一日に数億かかるという国民の血税から払われる国会費用を無駄遣いしている。
期待感をやりきれなさや憂いに変わらせることに大新聞は手を貸してきた。このままでは大新聞に対する反発や不信、無関心に転じかねない。
朝日は2月5日朝刊2面の「時時刻刻」で、「今回の検察の捜査手法は時代のニーズに沿っている」と、臆面もなく検察を擁護した。検察権力に首根っこを掴まれた、もの言わぬ新聞のままでいるつもりなのだろうか。今、すべきは新聞のリセットだ。
大新聞は国民が実現したせっかくの政権交代に泥を塗った。国民が期待するのは透明で公正な報道であり、閉鎖的な記者クラブ制度に固執する大マスコミ各社が独占する歪められた報道ではない。
大新聞はこれ以上、国民をあざむき続けてはいけない。



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