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小沢氏による日本人への叱咤激励に耳を傾けよ!

大変、名誉なことと言わねばならないだろう。

それは、一年前のブログ開設以来、僕の書く記事が、たびたび、あの「阿修羅掲示板」に転載されてきたことだ。
「無断で転載された」などと抗議するなんて、とんでもない。
ほとんど無名でアクセスが限りなくゼロに近かった拙ブログを、それなりに世に知らしめてくださったのは、ひとえに「阿修羅掲示板」のおかげと言って過言ではない。

しかし、拙ブログの記事が転載された「阿修羅掲示板」のスレッドは、なるべく見ないように、つとめてきた。
なぜなら、告白すれば、僕はけっこう、打たれ弱い(苦笑)からだ。
自らに加えられる罵倒や中傷、人格否定の類は、平静なフリを装っていても、実は、かなり精神的にこたえていたりする。

だから、自分のブログのコメント欄は、「事後承認制」にしている。ヒドイものは、世に喧伝される前に、抹殺できるからだ。それを「卑怯だ」「覚悟が足りない」「言論封殺だ」と批判する向きがあるが、そう思うのなら、是非、そう思っていただいて、以後、無視していただければ、幸いだと思っている。僕の「こころ」は、僕にとってこの世で一番、大切なものだ。それへのあらゆる攻撃からは、あらゆる手で守らせていただきたいと思うのは「人情」ではないだろうか。

しかし、「阿修羅掲示板」に載った自分の記事は、実は、自分の記事のようでいて、自分の記事ではない。あくまでも、自分の記事を引用、紹介してくださった「投稿者」の方による記事である。だから、それに対する批判、中傷に対しては、僕はなす術もない。だから、なるべく見ないようにするほかはない。けれども、人間には悲しい性がある。見たくはないけれども、ついつい、気になって、結局見てしまうということが、往々にしてあるのだ。

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先日の僕の記事(「この世にはどうやらふたりの小沢一郎がいるらしい」)が、阿修羅掲示板で紹介されていた。それに対するコメントを、つい読んでしまったなかで、以下のようなものがあった。

03. 2011年1月23日 12:48:16: YV75FI0wUs

>もうひとりは、「この国に真の民主主義を根付かせる」ために、刻苦奮励してたたかう、強靭な意志を持った、力ある政治家だ。他者はともかく、僕は彼を「革命家」だと思っている。 この小沢一郎こそ、本物である。

ソウルの国民大学で、「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」
と言ったのは、どちらの小沢一郎なのですか?

『「この国に真の民主主義を根付かせる」ために、刻苦奮励してたたかう、強靭な意志を持った、力ある政治家』の方の本物の小沢一郎なのですか?

小沢一郎幹事長、ソウルの国民大学で講演「日本人は寄生虫、害虫」

http://blogs.yahoo.co.jp/ayahiro1959/30631154.html

日本人の若者は漠然と他人に寄生し寄生虫として生きているとんでもない害虫だ」
「もともとむ日本人の親達もどうかしている。日本人は動物にも劣る民族といっても過言ではない」
「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」


普通、こんな「日本人か、韓国人か」といった、顕微鏡で覗く微生物レベルに極小な世界観しか持たない「カルト的差別・排外主義者」の妄言は気にしないことにしているのだが、「そんなアホなことを小沢氏が言うわけがない。もし、09年12月の段階で、本当にそんなことを言っていたら『陸山会事件』どころの騒ぎではなかったろう」と思いつつ、「まあ、確かめてみるか」と以下の動画群をすべて、閲覧したわけである。











案の定、

日本人の若者は漠然と他人に寄生し寄生虫として生きているとんでもない害虫だ」
「もともと日本人の親達もどうかしている。日本人は動物にも劣る民族といっても過言ではない」
「日本人はもともと民度が劣るから、君達韓国人のような優秀な民族の血を日本人に入れない限り、他人やアジアに寄生して生きる害虫日本人が増えるだけだ」

などという、とんでもない発言は、最後まで、とうとう見出せなかった。
「ネ○○ヨは息をするように嘘をつく」という言葉をきいたことが何度かあって、そのたびに「それはいくらなんでも言いすぎだろう」という感想を持ってきたが、どうも、それは、ここにきて僕の中で揺らいできているように思う。

だが、このようなナノ世界レベルの極小な世界観の持ち主で、虚構と真実の見分けがつかない者でも、世の役に立つことがある。それは、この映像の存在を知らしめてくれたことだ。実は、不明ながら小沢氏がこのような素晴らしい講演を韓国でやったこと自体、知らなかった。おかげで、内容のある講演を聴くことができた。とくに最後あたりの、若者(そこには、日本人、韓国人の区別はない)への叱咤激励は、「自立と共生」へ促す熱血教師のような趣があるので、是非、聞いていただきたい。

「日本人であるかそうでないか」が物事のすべての価値であり判断基準である者どもは、この映像を「ひとりでも多くの日本人に見てもらって」その「売国ぶり」に気づいて欲しいということらしかった。その、ほとんど、ものが見えないまでの視野の狭さには絶句するほかはないが、僕も「ひとりでも多くの日本人に見てもら」いたいのは同じだ。しかし、それはまったく逆の意味で、小沢一郎という政治家が、これほど深い知見の持ち主で、国の現況を深く憂えていることを知ってもらいたいと思うからだ。

小沢氏が、講演の中で引用した「小人、閑居して不善をなす」という言葉が、彼を不当に「売国奴」呼ばわりして恥じない愚者どもを見事に指しているので、笑ってしまう。「お前ら、働かずにグダグダ言う前に、まず自立しろ」と言っているのと同じなのだから、これら「小人」どもが反発するのは仕方ないことなのかもしれない。「群盲、象を撫でる」という言葉があるが、目の不自由な小さな者にとって、巨大な存在の全体を把握するのは、所詮、無理なことなのだろうか。

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ここまで書いて、気づいたが、国民に媚を売る政治家がほとんどのなかで、国民そのものを批判するの政治家は、小沢氏をして空前絶後ではないだろうか。「もっと、国民がしっかりしなければいけない」そんなことを言う政治家の、僕は他に例を知らない。しかし、それは「切り捨てる」言葉ではなく、国や地方の役人や政治家に「何かやってもらう」のを待つのみの、多くの日本人に「自分のために、それでいいのですか?」と自立を迫る問いかけなのだ。


※「群盲象を撫でる」という言葉は、仏教の古い説話が元となる、昔からある慣用句です。視覚「障がい」者を差別する意図は、毛頭、ありませんが、この言葉で傷つく方がいらっしゃいましたら、深くお詫びし、申し出がありましたなら、削除することも厭わないことを表明しておきます。

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