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司馬遼太郎が紡ぎだした「神話」

録画していたNHKスペシャル大河「坂の上の雲」第六回を観た。
しかし、5回位ずつ、3年をまたごして放送するドラマなんて、前代未聞なのではないか。
どういう事情で、こんなことになったのか、知りたいものだ。

若い頃に原作を夢中になって読んだ。
小説として大変に面白く、とくに僕は203高地に於ける大消耗戦の場面や、ロシアバルチック艦隊による苦難の大航海の場面がつよく印象に残っている。

ただ、作者による、明治国家に対する「手放しの賛美」には当時から違和感があり、それは今も変わりはない。
最初のナレーションにあった、当時の日本を覆っていたという「楽天主義」のことをきいても、「それはないだろう」と思う。
貧窮の極にあった当時の農民や、「女工哀史」にあるような搾取される下層労働者、時代には常に明の部分と暗の部分がある。
この時代の誰もが坂の上の雲を目指して一生懸命登っていたのかときかれれば、そうではないと答えるしかないだろう。

この小説のように、歴史をわかりやすく単純化することは、容易に歴史を自分の都合のよい方向へ歪曲していきたいヤカラの跳梁を許す危険性をはらむ。
「新しい歴史教科書をつくる会」が、この「坂の上の雲」をバイブルのように扱っていたことが、それを証明している。

戦争によって、この日本列島に生息していた民族が、日本人というアイデンティティを獲得していく過程を描くこの物語は、いわば、国民国家誕生という神話をつくろうとしたことに他ならないかもしれない。
司馬遼太郎という作家は、自己の内にあった色濃いナショナリズムに衝き動かされるように、幕末から明治にかける作品群をまるごと神話として、読者に提供してきたのだろう。

ただ、神話はあくまでも神話である。
つまり、大部分は虚構であるということだ。
「司馬史観」などと持ち上げる傾向があるが、このひとの書いたものは神話であり、小説であり、つまりは虚構である。
これらを「歴史」などというべきでは、絶対にないと思う。

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未分類 | コメント(0) | 20101207093645 | 編集
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