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政治家失脚の武器と化した政治資金規正法

また留守中に学会員が来ていたみたいだ。
妻にそう告げられて、國母選手ではないが、「ちっ、うっせ~な」(笑)と思わず吐き捨ててしまう。
この間はスーパーで買い物していたら、支部婦人部長につかまって、なかなか離してくれない。
スーパーの玄関先で、大声で立ち話するものだから、人の通行の邪魔になると思って、後ずさりすると、なおも迫ってくる。
新しく婦人部長になったのでよろしくということなのだが、こちらは周囲の目と耳を気にして気もそぞろだ。
こういう、他人の内部に土足でずかずか入り込んでくるのが、熱心な学会員の特徴だ。
本人に悪気はないと思うし、底なしの善人なんだとわかっていても、こちらの気持ちを慮る気配りというものが欠けていることに苛立たしい思いがする。

こういう、猪突猛進な学会員が、公明党の選挙を支えているといってもいいだろう。
激戦区ともなれば、全国から、そこに住んでいる有権者と少しでもかかわりのある学会員が参集してくる。
たったひとりの知り合いでも、その人だけに会いにやってくる。むろん、予告なしに。
そのほうが真心が通じるという考え方だが、相手が感じるかもしれない「気味悪さ」を想像する意識は、あまりない。
そして、断られたり、会えなかったりしても、彼らはめげない。
学会員にとって、選挙活動をすること自体が、「仏道修行」であり、「池田先生」の「恩」に報いることであるからだ。

むろん、交通費から、宿泊代から、全部、自分持ち。文字通りの「手弁当」だ。
公明党が政治資金にクリーンであると大見得を切れるのは、彼らの自己犠牲、献身があってこそ、である。
だから、06年に目黒区オンブズマンによって暴露された公明党区議6名による政務調査費の私的流用事件(議長の「抱き枕」代、日帰り旅行代、自家用車の車検代等)などはとても許されることではなく、6名全員が辞職を余儀なくされたのも当然だろう。
学会員にしてみれば、まったく、誰のおかげで議員になれたと思っているんだと、言いたいところなのだ。
そういう彼らにとって公明党は、「クリーンでなければならない」というか「クリーンであって当たり前」なのである。
「俺たちは政治資金には、まったくクリーンなのだ!」と内外に称揚する資格は、微塵もないということを、自覚すべきであろう。

そこで、今回、公明党は、昨日のエントリでも述べたように、「政治資金規正法改正を求める署名」運動なるものを打ち出してきたのだが、その主張するところの「改正すべき内容」は政治家にとって、かなりシビアなものだ。
それは、「秘書などの会計責任者が政治資金収支報告書に虚偽記載をするなどの違法行為を行った場合、政治家の監督責任を問い、公民権を停止させる」というもの。
政治資金規正法とはそもそも「基本的には、国民の自発的な政治資金拠出によって民主主義のコストを賄い、政治資金の流れを公開し透明性を確保して、国民の監視・批判に委ねようというアメリカ型の政治資金の考え方に基づき、政党や政治団体に政治資金の収入と支出の総額とその内訳などを収支報告書に記載して公開することを義務づけている」(「検察の正義」郷原信郎)ものであり、「『規制』ではなく『規正』という言葉が用いられているのも、政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することがないようにするという法律の基本理念によるもの」(同)であったはずである。
ようするに、政治家をがんじがらめに縛りあげ、ビシバシ取り締まるのではなく、政治資金の透明性を確保することによって、国民の自発的な政治団体への献金を促す目的で、この法律はつくられたようなのだ。
しかし、何度も何度も改正されたあげく、今では、政治家を恣意的に失脚させるのに使うための武器として、最適な法律になってしまっている。
それをさらに、「政治家の公民権停止」まで踏み込んで「改正」を叫ぶ公明党の改正案に対しては、ついに行き着くところまで行ってしまう究極の「政治家抹殺法」案になるという危惧を覚えざるを得ない。
政治家は常に、神経質に収支をみずからチェックし、遺漏なきように努めねばならない。それは大きなリスクとなって政治家を縛り、保身に走らせ、政治活動を制限することになりかねない。

小沢一郎という政治家に強く感じる魅力は、「後継の育成」という意識が明確に存在するところにあると思う。
何人いるかわからない多数の秘書を抱え、また、自身の私塾をもち、選挙のときは秘書や弟子を激戦区に派遣し、能力の限りに仕事をさせる。
中国大陸における春秋戦国時代、多数の食客を養った孟嘗君(もうしょうくん)を彷彿とさせる。
せいぜい、自分の息子に地盤を継がせることしか頭になかった小泉純一郎などとは、そこのところで峻別されるだろう。
カネがかかるのは当たり前だ。
カネを集めるのが悪いことなのではない。
そのカネをどう使うかが問題なのだ。
集めたカネを国民のために有効に使うのであれば、何も文句はないのである。

「自分の後継をたくさん作って、子分を従えて、独裁的権力を磐石にする野望のためにカネを集めている」
そういう反論が聞こえてきそうだが、それを「予断」といい、「偏見」というのだ。
たとえば、吉田松陰ほど、国を愛した人物はいないが、松下村塾で、自身の「後継」たる熱烈な「愛国の徒」を育成していた彼を、長州藩は獄に下し、幕府は刑殺してしまった。
しかし、松蔭なくして維新の大業はなかったかもしれないと、後の世の誰もが思う。
すべては、後世が、歴史の真実を評価するのだ。



小沢幹事長がわが県(福岡)久留米市にやってきた。
周辺市町村の首長や地元財界、法人代表などがご機嫌とりに駆けつけてきて、う~ん、やっぱり日本で一番の権力者なのかなと思う反面、その権力者をさらに追い落とそうとする権力の存在を思い、いったいこの国にはいくつの権力が偏在するのだろうと考え込んでしまう。
しかし、小沢氏は意気軒昂で、「検察が起訴しなかったから潔白」と堂々としたものだ。
底なしのオプティミストなのか、確固とした自信のあらわれなのか。いずれにしろ、このひとは強い。

強いといえば國母選手、公開練習をしていたが、「寝すぎて体が動かない」だと。
よってたかって叱られて、落ち込んでるかと思ったら、ぜんぜんそういう気配なし(笑)
母校の東海大が応援を自粛しようがどうしようが「そんなの関係ネエ」んだろう。
この図太さは、実に頼もしい(笑)

※もうひとつネタがあったのですが、深夜になってしまったので、明日にまわすことにします。
おやすみなさいませ。

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