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國母選手とサンケイ記者と公明党・創価学会

★國母選手って存在がなかなか面白い件★

本人はそんなに「自由」を主張したいわけじゃなくて、ただ、やりたい放題のわがままで、たしかにやくみつる氏の言うように「増長させるから」「こんな不埒な若者が」「成績だけでチヤホヤされて」ということはあると思うが、なんか、大人どもが、そんなにたいしたこともないことをさもたいしたことであるかのように一生懸命に飾り立ててる虚構の皮みたいなものを無邪気に剥いでみせるような、「稚気ゆえの痛快さ」みたいなものを、僕のような「へそ曲がり」は感じてしまう。
記者会見の「反省してま~す」という言葉の前に、マイクが拾った「ちっ、うっせーな」というつぶやきにも明らかなとおり、まったく反省してない様子が、また、たまらず痛快で、ほんと、おかしさをこらえきれなかった(笑)

日の丸なんて厄介なものを背負わせ、国の名誉とか威信とかなんとかそんな余計なものを選手に課す意識と、ただハーフパイプで世界で一番誰がスゲー奴かを競うのに参加するぜ!!という意識の、ものすごい落差が露呈されてしまったからだ。
残念だったのは、そのあと、彼に周囲の大人がよってたかって説教し、ねじ伏せるような感じで「謝罪」させたらしいことだ。
そのときに僕が思ったとおりのつぶやきをツイッターで拾った。

一番面白い展開は国母が『あほか、もうこんなん出ねえわ、帰る』って自分から参加拒否して帰ってくるって展開。

国母もおまえらの代表として日本背負ってやってるんじゃねえんだよバカ、って言ってしまえばおもしろかったのに

本当に僕も、内心、そう思った(笑)
オリンピックで一番をとるぜ!!という気持ちと、国の名誉のために何がなんでもメダルを獲れ!そのためにはそれにふさわしい「品格」を身に着けろ!という気持ちの、どちらが純粋で素直か、ということだ。






★国語力の不足を露呈してしまったサンケイ記者★

さっきつぶやきを紹介させていただいた方が、また興味深い指摘をしていた。

だれも『けんけんがくがく』の議論なんぞしとらん。けんけんごうごう、なら、してるかもしれないが

この方が噛み付いているのは、以下のサンケイの記事に対してだ。

【五輪の中の世界】「腰パン」日米比較
(抜粋)人々が、けんけんがくがくの議論を戦わせる理由のひとつは、「腰パン」が、人種問題や世代対立とからんだ「反抗」や「挑戦」のメッセージを含んだファッションだからだろう。


たしかに、「けんけんがくがく」という言葉は、日本語にはない。
侃侃諤諤は「かんかんがくがく」と読み、よく喧喧囂囂(けんけんごうごう)と混同され、その合成語「けんけんがくがく」が誤用されているようだ。
放送局や新聞社に於いて、これは「誤用の例のひとつ」として記者の副読本に記されているそうだ。

「喧喧囂囂(けんけんごうごう)」と「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」

僕は、いかに大新聞の記者が偏った方向から不公正・不公平な記事を書き連ね、世論をミスリードし、また報道すべき「不都合な真実」を隠蔽しようとも、「日本語のスペシャリスト」としての信頼は、また別のものとして、かろうじて抱いていたつもりだ。
しかし、このような恥ずべき失策を見て、つくづく、「新聞のあらゆる面でのレベルの低下」を思わずにいられない。

まだ逮捕も起訴もされていない小沢氏の名前に「容疑者」をつける失策を犯したり、その小沢氏が不起訴となった次の日、鈴木宗男氏と談笑する小沢氏の写真の横に「ほくそ笑むのはまだ早い」という題の、印象操作を狙ったとしか思えない記事を載せたり、客観報道を旨としなければならないはずの新聞というよりは、まるで政治結社か宗教団体の機関紙のような「主観報道」を繰り広げる、産経新聞だけの現象であって欲しいものだが。



★公明党・創価学会からの署名要請が来た★ 

留守をしている間に、近くの創価学会の人が訪ねてきたようだ。
妻が預かった二枚の紙を見せて、「署名して、だって」と言い、僕に渡した。
一枚には「政治資金規正法改正を求める署名」と大書して、横に10人分の署名欄がある。
僕ら夫婦のみならず、あと8人の署名を集めてこいというわけだ。
「こんなもの、集められるか!」と吐き捨てると、「そう言うと思った」と妻が苦笑した。
もう一枚は、参議院比例区予定候補のチラシ。
署名とか言いながら、結局は選挙の事前運動の一環だろう。





僕はこのブログの最初のエントリーに於いて、元新左翼でしかも創価学会二世である変り種であることをカミングアウトした。
母親が学会に入信したあとに生まれた僕は、自分の意思とは関わりなく、日蓮正宗の信者となったのだ。
しかし、高校三年のときから十年間ほど、新左翼の活動に関わり、今もその意識のほうが強い。
後に竹中労が学会を「戦後もっともアクティブな大衆運動」と位置づけた影響もあり、一時的に学会員として活動したことがある。
その頃の学会・公明党は、細川政権の一翼を担って、徹底した「反自民」の立場で、小沢一郎とともにたたかっていた。
しかし、自民の野中広努や亀井静香による猛烈な反学会攻撃に遭い、恐れをなした公明党は自民に擦り寄るようになる。
橋本政権との「和解」で自民と野合するようになって、僕は活動を辞めた。
そして、小泉・ブッシュと一緒になって、党是であるはずの「平和主義」をかなぐり捨て、イラク戦争に協力したときに、完全に公明党を見限ったのだ。





チラシの文言を読むにつけ、昨年の大敗の総括は、どうやら出来ていないらしいと思うほかはない。
党首でさえ勝たせなかった「民意」を、いったい、どう捉えているのか?
選挙後にやってきた学会幹部は、「いやあ~、民主の風がすごかった」などとため息まじりに言っていたが、自民党と同じで、「風」で勝ち負けが決するという思い込みが実に痛い。
公明党が小泉・竹中と一緒になって推し進めてきた「新自由主義路線」で、かなりな人々が塗炭の苦しみを味わうハメになった。
明日の生活がどうなるかという不安が日本中を覆い、自殺者が激増し、また、「日雇い」「派遣」という下層階級が、急速に形成されてきた。
太田元代表は、派遣切りにあった夥しい労働者が寒風に晒されていた去年の1月2日、「成田ー羽田間のリニア・モーターカー構想」を新宿西口での街頭演説でぶちあげた。
官僚の司る政治が末期症状を呈しているのにも関わらず、公明党の冬柴前国交大臣は、省益中心の言動を隠さなかった。
明日をも知れぬ生活不安にあえぎ、官僚のやりたい放題に心の底からの怒りを覚えていた民衆が、自分たちより官僚の利益を守り、とんでもない大型事業で税金の巨額な投入を訴えるこのふたりに「NO!」を突きつけたのは、至極、当然のことと言わなければならない。

今まで、僕に選挙の協力を求めてきた地元の学会幹部には、のらりくらりと対応してきた(笑)
「はい、わかりました」と答えて、実際は動かないという(笑)
学会員ということと同時に、近所づきあいの輪の中にある人たちである。
これをばっさり拒否してしまうことは、かなりな勇気が必要だったのだ。
しかし、このチラシの文言を見て、気持ちは変わった。
自分たちが国民に見限られた総括を明らかにしないまま、なし崩しに検察権力の尻馬に乗り、理不尽な民主党攻撃を宣伝する。
「腐っ」ているのは、あんたたちではないかと、はっきり言おうと思っている。



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未分類 | コメント(0) | 20100214231903 | 編集
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