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「M」

「M」

その人の名は「M」

党中央の幹部だとしか知らされていない
反ファッショ闘争の一環と言い含められ
私はその人の身のまわりの世話をしていた
党の用意した借家に寝起きして
いつ帰ってくるかわからないその人のために
食事をつくり洗濯をしてひたすに待ち続けた

帰ってきてもその人は不機嫌そうに押し黙り
眉間に皴をよせたまま食事をした
私に投げかける言葉はほとんどなく
食事が終わるとすぐに布団を被って寝た

党が非合法化され幹部ことごとく地下に潜るなか
私と党をつなぐものはそのひとと
週に一度指定された場所に赴き
貧相な顔のレポから渡される
指令が書かれた一片の紙切れだけだった

その人が帰ってきて食事ができていないと
私はひどく叱責され自己批判させられた
そしてある真夜中のこと
眠りつづけていた私は叩き起こされた
見上げると鬼のようにたちはだかって
私を見下ろすその人がいた

同志 君の党と無産階級に対する献身は
その程度か?

そう言ったあとその人はつよい力で私の手をひき
その場に押し倒した

身繕いをし破瓜の痛みに耐えながら私は思った
これも党の偉大な闘いのひとつなのかと

寒風のふきすさぶ上野駅のプラットホームで
懐かしい顔に声をかけられたのは
戦後もしばらく経ってからのことだった
振り返ってみるとあの貧相なレポ係だった
複雑な思いで会釈を交わしあったあと
ずっと気になっていた疑問を彼にぶつけた

3・15の弾圧のあとからあの人は来なくなった
あのときに捕縛されたのでしょうか?

男は押し殺すような声で答えた

彼は官憲のスパイでした
謀略の銀行襲撃を指導し
熱海会議を特高に通牒した元凶です
党が壊滅したのは「M」のせいです
今は行方が知れません
憲兵だったという噂があります

冷たい突風がホームを走り私の髪を乱した
あの夜の破瓜の痛みが甦ったような気がした

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未分類 | コメント(0) | 20100722075742 | 編集
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