ブックマーク
プロフィール


秦映児です

秦映児の私的ブログ 
平らかなるまどろみ

秦映児の他ブログ
検索フォーム
右も左もない

今年もまた、「ハロウィン」とかいう馬鹿騒ぎの日がやってきた。
どうして、古代ケルト人の習俗だったものが、西欧文化圏から見て東方の僻陬であるわが国で盛んとなったのか、さっぱりわけがわからない。

仮装をして街を練り歩く、というか徘徊する。
「祭り」が大好きな日本人の習性に、ぴったりとマッチしたからだろうか。

自分は、リベラルで国際主義者だと思ってきたが、このハロウィン騒ぎに対する反発の底に、まごうことなき「国粋意識」が存在することに、少なからずのオドロキを感じる。

「日本人のクセに西欧の祭りにうつつをぬかしおって」みたいなw

そういえば自分は、「西欧中心の世界観」みたいなものに、根源的ともいえる反発を抱いてきた。
戦前に生きていれば、北一輝や大川周明みたいな「大アジア主義」に傾倒していたかもしれない、そういう気質は、たしかにある。
西欧の帝国主義列強に抗する「東アジア人」としての矜持みたいなもの。

ただし、「日本こそがその盟主たるべき」なんてことは考えなかっただろう。
「五族協和」「大東亜共栄圏」、内実はともかく、字面のあらわす表面的な意味には、きっと激しく共感を覚えたと思う。

左翼運動に関わる当初も、「反米愛国」的な気分が大部分を占めていた。
それが、いつの間にか「日本帝国主義打倒」に変換されていたわけだが、まことに、左と右を分けるものは紙一重だと感じる。

沖縄・高江のヘリパット建設に反対するたたかいに、わざわざ「本土」の差別主義者がやってきて、激しく反対派住民を罵っていた。
大阪府警警官の「土人」「シナ人」発言は、きっとその行為に触発されたものだと思っている。

こういうヤカラを「右翼」と呼ぶには、真摯に国を思い活動してきた民族派右翼に対する最大の侮辱だろう。
同じ国の民衆が外国の軍隊の基地建設のために、人権を蹂躙されている。
真に自分を愛国者だというのなら、怒りの矛先が転倒してしまっているとしか思えない。

国を憂えるとは、その国に住む人の将来を憂えるということだ。

そこには、右も左もないと思っている。



関連記事 [差別主義者]
差別主義者 | コメント(-) | 20161031005849 | 編集
     © 2017 世に噛む日日  Designed by 意地天