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「私心」なき人の言動は「私心」だらけのヤカラには理解できない・・・・。

昨日、小沢氏が菅政権を批判したことについてのニュースにかんして、僕は、毎日の念沸明奈記者他一名の揣摩憶測について、苦言を呈した。
「反小沢VS親小沢」という括りでしか、小沢一郎という政治家を捉えきれない目の昏(くら)さには、阿弥陀如来もあきれるばかりではないだろうか。
それは、念仏記者に限らず、小沢氏が何か言えば、「こういう意図があるのではないか」「誰々をけん制しているとみられる」と妄想をたくましくする各メディアの記者全員に言えるだろう。

僕は、今の小沢氏には、「裏の意図」も「策謀」もなく、「思ったとおり」のことを素直に言っているだけだと思う。
今の彼は、幹事長時代とは違い、「無役」という、きわめてニュートラルな位置にいるわけだから、発言の内容に、バイアスをかける必要がないと思ってるのではないか。

「高速道路無料化、それから子ども手当とか、そういうものを昨年の総選挙で国民の皆さんに約束して、それで多数の議席をもらった。政権を取ったらカネがないからできませんなんて、そんなバカなことあるか」

「去年の選挙で、また政権とった鳩山内閣で、4年間は上げないって言ったんですから。そして無駄をまず省くと。私個人としては、国民皆さんとした約束はどんなことがあっても守るべきだと、そう思っております」


「国民の生活が第一」というスローガンを掲げて政権を取ったわけだから、「国民との約束が第一」ではないかと言ってるわけで、きわめてスジの通った言葉だ。
「財源」がどーのこーのと今さらのたまうのは、「私たちは無能です」と言うに等しいだろう。

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どうも、マスコミは小沢一郎の言動すべてが「権力欲」から発しているという、致命的な勘違いをしている、または、そのフリをしている。
自分たちが勝手に描いた「虚像」の一挙手一投足がすべて、ただひたすら「権力の掌握」に向かって動いていると思わせようとする、その執念深さには舌を巻く思いだ。
しかし、小沢氏はそのような政治家ではない。
卑小な自身の「権力の座」など、はるかに超越して、日本が真の民主主義の根付く「普通の国」となることを、すべての行動の基本としている。
その視点から、小沢氏の言動を見ていくと、実に、ストン、と胸に落ちるものがあるはずだ。

戊辰戦争前夜、大久保利通とともに、宮廷政治に策謀の限りを尽くした西郷隆盛は、西南戦争時はまったく、策も政治もなく、ただ、不平士族の「神輿」として担がれていただけだったという。
その心底には、いろいろと湿ったものがあったにせよ、今の小沢氏とダブって見えるのは僕だけだろうか?

ところで今、サッカーワールドカップが終わった。
日本は惜しかったが、よく頑張った。
PKで負けるなんて、じゃんけんに負けるようなもんだ。
勝てなかったが、負けもしなかった。
堂々と胸を張って、日本に帰ってきてほしい。

そのTBSの中継の後、前掲の小沢氏の発言に対し、枝野幹事長が「無責任な大衆迎合」と「不快感を示」したというニュースが流れ、憤怒に包まれてしまった。
要するに、「少なくとも4年間は、消費税を上げない」という政党の公約を「大衆迎合」と切って捨て、否定し去ってしまっているということだ。
こういう行為を「詐欺」と言わずして、なんというのか。

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それに、明らかに、有権者を「大衆」という一段下に置く存在と既定し、見下している、このことこそが不快であるし、また、小沢氏が提起した、政党にとって命である「公約を守るかどうか」という問題を、「大衆に迎合するのかどうか」という問題にすりかえてしまっている言い草も「不快」である。
民主党政権を見限るときが来たのだろうか・・・・。
憤怒に駆られた即断は禁物と自己を抑制しつつも、気持ちはどんどん、離れていってしまっている。
「こんな民主党なんて、惨敗すればいいんだ」と、つい思ってしまう自分を、持て余している。

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未分類 | コメント(2) | 20100630025430 | 編集
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